PCからスマートフォンへの切り替わりに乗り遅れ、全盛期を過ぎたと見られていたマイクロソフトは、創業40年目にして株価最高値をつけた。実は、全世界12万人の従業員を抱える売上10兆円の巨大企業は、この数年でゼロから作り替えられていたのだ。その変革は、ビジネスモデルから企業風土、ワークスタイル、人事評価、人材育成、組織運営まで多岐にわたる。これほどの巨大企業はどのようにして生まれ変わったのか?また、ほとんど知られていない世界最高峰のAI研究、世界屈指のビッグデータ、世界を激変させる新技術MR(複合現実)によって生み出される衝撃の未来とは?3000人以上を取材したブックライターの上阪徹氏が、日米幹部への徹底取材で同社の全貌を描きだす新刊『マイクロソフト 再始動する最強企業』から、内容の一部を特別公開する。

日本人がほとんど知らない最強企業<br />マイクロソフトの全貌

世界最大のソフトウェア会社をゼロから作り替える

 きっかけは、2015年の日本マイクロソフト、平野拓也社長へのインタビューだった。

 2時間のインタビューの終わり際に、平野社長はこんな発言をしたのである。

「マイクロソフトは去年、本社のCEOにサティア・ナデラが就任しました。これまでのマイクロソフトが見ていたのはITという世界でしたが、サティアはITを超えたまったく別の世界を思い描いています。人の生き方にまでさかのぼってマイクロソフトに期待されるサービスとは何かを考え、最適の組織に作り替えようとしているんです。私はこれに共感しています」

 驚きの言葉だった。

 平たくいえば、新しいCEOはマイクロソフトをゼロから作り替えようとしている、ということだと私は受け止めた。

 そしてこれが、本当にそうだったのである。

 ITの世界では、グーグルやフェイスブックなど新興企業が市場を席巻していった。アップルのように復活を遂げた企業もある。そうした一連の企業群に比べれば、マイクロソフトは「Windows」や「Office」など当たり前のツールを作る、一昔前のオールドカンパニーというイメージを持たざるを得なくなっていた。多くの人にとって、そうだったのではないか――。

 ところが、従業員12万人を擁す、売上高10兆円を誇る、そんな世界最大のソフトウェア会社が変貌を遂げようとしていたのである。私は俄然、興味を持った。

 実際、ソフトウェアからクラウドへ、というビジネスの大転換が行われていた。そもそも自分たちの存在理由は何かを改めて問い直し、会社の屋台骨を支えていたライセンスビジネスから、まったく違う収益構造へと大胆にも変貌させようとしていたのだ。売上高10兆円規模の会社が、である。実際、それが着々と進行していた。

 マイクロソフトといえば、私のような中高年世代はWindows95ブームも相まって、世界中にパソコンを売りまくる巨大帝国というイメージが強かったと思う。ところが、会社のカルチャーも大きく変わっていた。

 日本法人でも働き方改革がいち早く大胆に行われ、スタイリッシュなオフィスには女性の姿も数多く見られた。私がかつてイメージしていたマイクロソフトとは、ずいぶん変わっていたのだ。

 しかし、周囲の人間に「マイクロソフトが変わっている」という話をしても、まるでピンときていない。多くの人が、そんなことは知らないのである。そして、驚くべきことが起きたのは、平野社長にインタビューした年の秋のことである。

 マイクロソフトは創業40年目にして、株価が最高値をつけたのだ。

 調べてみて、もっと驚いた。Windowsブームに沸いた1997年、マイクロソフトは時価総額で世界の企業ベスト5に入っていた。これはさもありなんだろう。

 ところが10年後の2007年も第3位とベスト5に入っていたのである。これは、ビジネスがコンシューマー向けからビジネス向けへと大きく変化していたことが大きい。

 そして2017年、なおもマイクロソフトは時価総額ベスト5に入っていた。20年間にわたって世界の時価総額ベスト5に入っているのだ。こんな会社は他にないのではないか。

 例えば、97年のベスト5には、日本のNTTや石油会社が入っていた。グーグルやフェイスブックは存在もしていない。07年には、GEやシティグループが入っていた。

 産業界は移ろいが激しい。他の顔ぶれはすっかり変わっているのに、マイクロソフトだけは残っているのである。言うまでもないが、同じことをしていたら、生き残れるはずがない。

 そして今、マイクロソフトは再び変わろうとしている。この会社はなぜこれほどまでに変われるのか。株式市場は何を評価しているのか。どんな未来をつくろうとしているのか。

 マイクロソフトに対して、さらなる興味が深まった。