早苗は速いピッチで飲み続けた。飲むにつれて饒舌になってくる。

「父があなたのこと、発想はユニークだが実行力に乏しいって。さんざん囃し立ててみんなを屋根に追いやって、自分は下から眺めてるタイプだって。ねえ、それ本当なの。実務能力の欠如。これって官僚には致命的よ」

 早苗に見つめられ、森嶋は思わず視線を外した。

「驚いたな。自分の評価をそう直接的に聞くのは初めてだ。参考になったよ。ところで、お父さんについて教えてくれないか」

「まず敵を知れってことね。それってアンフェアよ。でも特別に教えてあげる」

 笑いを押し殺した顔で言って考え込んだ。

「ごく普通の父親よ。ただし、私にはってこと。他の人にとっては、特に上司には扱いにくいでしょうね。自分勝手で怖いもの知らずだから。ますますそうなってる。もう失うものがないから」

「なんだか物騒なことを言うんだな」

「そう、物騒よ。メチャクチャ物騒」

 早苗はグラスをしばらくの間見つめていた。

「父は国交省を辞めてから、しばらく東北の実家に引っ込んでたの。気仙沼の近くの漁師町。父の実家はそこの網元だったの。家は長男のおじさんが継いでた」

 早苗はビールをすするように飲みながら低い声で話し始めた。

「かなり落ち込んでたわね。母はなんとか慰めようとしてたけど、ムリだった。そして諦めて、2人でいじけちゃったのよ。朝からビールを飲んだり、カラオケに行ったりしてね。初めに音を上げたのは父だった。今度は2人で釣りを始めた。一日中小舟を出して釣りをしてるのよ。本職の漁師さながらに魚を釣って帰ったわ。だから毎日お刺身よ。父がさばくのよ。そして、ご近所に配るの。少しずつだけど立ち直っていった。母はけっこう無理をしたと思う。でも、今思えば2人にとって、いちばん幸せなときだったんじゃないかしら。それまでの父は仕事一筋で、私はほとんど顔を合わせたことないもの。あんな状態で、私がどうして生まれたか不思議に思ったものよ」

 早苗は森嶋に向かって微笑んだ。

 森嶋は思わず目をふせた。どこか寂しさを含んだ、そんな笑みだった。