成功者のやったことをそのままマネするのは危険

 しかし、一応は医学の世界に片足を置き、若き日に「論文の書き方」などを叩き込まれた私には、どうしても違和感が残る。私的経験や個人的エピソードはあくまでその人だけのものであり、そこから敷衍して一般論にまで広げ、「だから読み手のあなたもそうしてみなさい」ということはできないのではないか、ということです。

 若い頃、自分が主治医となった症例について論文を書いていたとき、よく先輩からいわれたものです。

 「この患者さんにこんな治療をしたらこう良くなった、って、これはあくまでキミの1回限りの経験でしょう? いろんな条件がたまたまそろっていたから起きた偶然かもしれないじゃないの。まったく同じ場面になったとき、もう一度、この通りやったら同じ結果が出ると思う? あのね、『再現性』がなければ、科学とはいえないの。こんなの論文じゃなくて、ただの感想文だよ」

 その頃のトラウマがよほど強く残っているからでしょうか。とても「新人時代、私も伸び悩んだことがありました。そのとき決意したのです。よーし、同僚より1時間早く出社して、主要5紙すべてに目を通しておくぞ、と。その地道な努力の甲斐あってか、数年後には成績がどんどん伸び始めたんです!」といったエピソードを披露することはできません。

 どこかから、「それはあなたがたまたまそうだった、というだけでしょう? 1時間早く出社することで睡眠時間が削られ、体調を壊して逆効果、という場合だってあるじゃないの」というツッコミが聞こえてきそうだからです。

 ビジネス書においては、今も「権威性」は非常に重要なファクターです。それは、ビジネス書に多用される「個人的な経験談やエピソード」に説得力を持たせるからです。

 ですが、それはあくまでその著者に限定された経験であるはずなのに、読み手はそれを普遍的な一般則だと錯覚する傾向がある。しかも、読んだものをそのまま自分で実践するのはちょっと危険かもしれない。

 今回はこんなことがわかりました。では、ビジネス書における客観性、一般性とは何なのでしょう。そのあたりは次回、それぞれの本の内容にも立ち入りながら考えてみたいと思います。