橘玲の世界投資見聞録 2018年9月27日

コサックのアイデンティティは「ロシア正教」と「愛国」
ウクライナでの武力行使に深く関わる特異な集団
[橘玲の世界投資見聞録]

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 サッカー・ワールドカップに合わせてロシアを旅し、日本×ベルギー戦が行なわれたロストフ・ナ・ドヌを訪れた話は以前書いた。

[参考記事]
●サッカーW杯観戦で観た予想外のロシア

 「ドヌ」は「ドン(川)の」という意味で、「ドン川沿いのロストフ」になる。ロシアにはネロ湖に面したロストフという古都があり、そこと区別するためにこう呼ばれている。とはいえ観光地というわけではなく、戦争と革命に翻弄されるコサックの若者を描いたミハイル・ショーロホフの長編『静かなドン』の舞台となったことくらいしか知らなかった。

 ドン川を実際に見たことでこの小説を思い出したのだが、そもそもコサックとはどんなひとたちで、彼らは現在どうなっているのだろうか。そんな興味が芽生えてすこし調べてみた。

ロストフ・ナ・ドヌを流れるドン川   (Photo:ⒸInvest Com) 

 

国家からは独立し民主的な自治を行なうコサックはきわめて特異な軍事集団

 コサックの起源は諸説あるものの、13世紀に東スラヴ人の国家キエフ・ルーシが遊牧民の襲来などで混乱した際、北方の森林地帯への移動を拒んで、黒海に注ぐドニエプル川やドニエストル川の沿岸に残り、漁撈や狩猟で暮らすようになった「ブロドニク(浅瀬を渡る人)」がルーツとされる。

 1223年、チンギス汗率いるモンゴル軍がこの地を襲い、27年にキプチャク(金帳)汗国による支配が始まる。俗にいう「タタールの頚(くびき)」で、これにともなってスラヴ人の脱走兵士などが合流して武装化が進んだ。彼らがコサックと呼ばれるようになるのだが、その実態は周辺の町や村の略奪を生業とする匪賊や野盗の類だった。なお「コサック」は日本語読みで、ロシア語では「カザーク」で、その原義はチュルク(トルコ)語の「自由な人」「反逆者」だとされる(これにも諸説ある)。

 キプチャク汗国は約300年つづいて1502年に滅亡するが、その間にロシア(スラヴ)人とタタール(モンゴル系やテュルク系などの遊牧民)の混血が進んだ。その後、モスクワ公国が台頭するが、キプチャク汗国はロシア人が軍隊をもつことを許さなかったので、公国の常備軍はタタール化したロシア人を主力にするほかなかった。その常備軍もきわめて貧弱で、自治権と引き換えにコサックが辺境の警備を請け負うことになった。いまでいう傭兵だが、国家から報酬が支払われたわけではなく、そのかわりに周辺のタタールの町への略奪が黙認された。

 農奴制は16世紀のロシア(モスクワ大公国)で確立し、農民たちは領主の土地にしばりつけられたが、苛酷な税に耐えかねて逃亡する者も多かった。こうした逃亡農民や、法を犯した者たちは「自由な大地」を目指して南に向かった。ひとたびコサックの集団に加われば、「仲間を引き渡さない」という掟によって、刑吏や地主、債権者の追及から守られたからだ。ロシア創成期において、コサックはある種のアジールだった。

 ロシア人とタタールの混じり合ったコサックは遊牧民の文化から大きな影響を受けており、日本でもよく知られる民謡や踊りにもその痕跡は色濃く残っている。だがコサックには、ロシアとの強い精神的なつながりがあった。それが宗教で、タタールの遊牧民もコサックに加わる際には必ずロシア正教に改宗した。正教への熱烈な帰依は、のちに熱烈なロシア愛国主義と結びつくことになる。

 武装集団であると同時に漁撈民でもあるコサックは、ドニエプル川からドン川、カスピ海に注ぐヴォルガ川へと定住地を広げていった。ドン川流域で暮らすようになったのがドン・コサックで、数千人規模の兵士を要するコサック最大の軍団を形成した。

 コサックの敵はクリミア汗国など周辺のタタール人であり、南のオスマン帝国だった。宗教以外はタタール化したコサックは、遊牧民と同様に馬を操り、騎兵の戦闘術に習熟していた。

 集団の規模が大きくなるにつれて、コサックは独特の自治組織をつくるようになる。重要な問題は全員が集まる総会で決定され、多数決によって統率者であるアタマンが選ばれた。

 アタマンの任期は1年で、再任されることもあるが世襲は認められず、任期が終わると一般のコサックの身分に戻った。軍団はモンゴルの兵制と同じく50人単位、100人単位の部隊に編成され、指揮官は互選された。

 ロシアへの親近感はあるものの国家からは独立し、民主的な自治を行なうコサックはきわめて特異な軍事集団だった。彼らの日常は戦いに明け暮れ、周辺のタタールの町を略奪する一方で、しばしばタタール人の攻撃を受けた。さらわれたコサックの女や子どもは奴隷市場で売られ、オスマン帝国などに送られていった。

キエフの街を流れるドニエプル川     (Photo:ⒸInvest Com) 

 

偽王子の乱立など混乱した動乱時代(スムータ)

 1533年にイワン4世(雷帝)がツァーリ(皇帝)に即位すると、ロシア帝国は急速に版図を拡大していく。

 この時期のドン・コサックの代表的なアタマンがイェルマークで、ポーランドとの戦い(西方戦争)で活躍したが、雷帝の指示を無視してクリミア汗国を侵略したことで怒りを買い、死刑を宣告されてしまう。イェルマークはやむなく、600人ほどの部下をひきつれてシベリアに逃亡することになる。これが有名なシベリア遠征で、シベリア汗国の首都シビリ(イスケル)を攻略する勲功によって死罪を免じられたばかりか、「シベリア公」を名乗ることを許された。

 イェルマークは1585年にタタールとの戦いで戦死するが、その後もコサックによるシベリアへの進出はつづき、1644年にはカムチャッカ半島の東端に達した。

 1584年に雷帝が死ぬと、ロシアは摂政のボリス・ゴドノフが国政を支配する動乱時代(スムータ)を迎えることになる。後継者のフョードル帝が病死して血統が途絶えるとゴドノフは自らツァーリを名乗ったが、民衆はこの新しい皇帝を認めず、ロシアは奇怪な陰謀論の渦に翻弄されることになる。

 ドミトリー皇子はイワン雷帝の6番目の后マリアの子で、存命であればただ一人の直系の皇位継承者だが、雷帝の死後、モスクワから遠く離れた地で死亡していた。公式にはてんかんの発作による事故死とされたが、ひとびとはゴドノフの命を受けた皇子の側近たちが首を掻き切ったのだと噂した。ところがそのドミトリー皇子が生きていて、ドン・コサックとともにモスクワに向かうというのだ。

 通説によれば、偽ドミトリーはユーリー・オトレピエフという下級貴族の遺児で、修道士として僧院で暮らしていたが、自分はドミトリー皇子だと話したことでゴドノフに生命を狙われることになりポーランド支配下のキエフに逃れた。

 ロシアと敵対するポーランドは偽ドミトリーを利用して帝位の簒奪を企み、ゴドノフと敵対するコサックを巻き込んで1万5000の軍勢をロシアに送り込んだ。これに対してゴドノフは全国から5万の兵を集めて迎え撃ち、形勢不利となった偽ドミトリーの寄せ集め部隊はたちまち散り散りになった。

 だがここで、敵の首領であるゴドノフが病死するという事件が起きる。するとモスクワの貴族たちはクーデターを起こし、なんと偽ドミトリーを新皇帝として迎え入れたのだ。

 だが貴族たちは、権力闘争のための道具として偽ドミトリーを利用しただけだった。新皇帝が身勝手なふるまいをすると1年後には民衆を扇動してクレムリンに突入させ、皇帝を殺してしまう。その後、身内からツァーリを選出して戴冠式を行なうのだが、これを認めないドン・コサックが「殺されたのは偽のドミトリーで、本物のドミトリーは別に生きている」という第二の偽ドミトリー(モルチャノフというユダヤ人とされる)を担いで3万人の反乱軍を組織し、さらには北カフカスのテレク川流域を地盤とするテレク・コサックがフョードル帝の遺児ピュートルを名乗る別の偽皇子を担いで反乱を起こした。

 するとこの混乱に乗じて、ポーランドのジグムント国王が自ら軍を率いてモスクワに入場し、クレムリンを占領してしまう。ジグムント国王の狙いはロシアをポーランドの属国にすることだったが、ことここに至ってようやく内乱に明け暮れていた貴族やコサックたちの愛国主義が目覚め、国民軍を編成してポーランド軍を追い落とすことに成功した。こうして1613年にロマノフ王朝が成立することになるのだが、この大混乱によってゴドノフの時代に1400万だったロシアの人口は700万まで激減したという。

モスクワのクレムリン         (Photo:ⒸInvest Com) 

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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