「日本の国土は狭い。これは一般に言われていることです。しかし、果たしてそうでしょうか」

 森嶋は一瞬躊躇したが、口を開いた。

「日本の国土面積は世界で62番目です。1番はロシアで日本の約45倍。2番はカナダ、中国、アメリカと続きます。ちなみにアメリカは日本の24倍です。狭い島国の日本は資源に恵まれず……と、学校では習い、信じている国民が多いようですが、排他的経済水域では世界第6位の国です。この面積では1位はアメリカ、フランス、オーストラリア、ロシアと続いています。日本は15位の中国よりも広くなります」

 森嶋は一気にしゃべった。

 議員たちは唖然とした顔で聞いている。葉山だけがかすかに笑みを浮かべて頷いていた。

 排他的経済水域とは領土から200カイリの水域で、国連海洋法条約に基づいて設定される経済的な主権の及ぶ水域を指す。この範囲内の水産、鉱物資源などの探査と開発に関する権利を有している。しかし同時に、資源管理や海洋汚染防止の義務を負う。

「御存じでしょうが、沖ノ鳥島は日本最南端、太平洋に浮かぶサンゴ礁の島です。この島の回り、40万平方キロもこの水域に当たります。これは日本の国土面積、約38万平方キロよりも広くなります。しかし最近は浸食が激しく、周囲をコンクリートやブロックで固め、浸食を防いでいる状態です」

 森嶋は続けた。

 殿塚と大野はほうという顔で聞いている。

 他の2人の議員は食事の手を止めて森嶋を見つめている。

「さすが村津君のお墨付きだ。細かい数字までよく勉強しておられる。しかし、ここは陸地だけの話をしましょう」

 葉山が森嶋に穏やかな口調で言った。

「私は学生時代、よくローカル線で旅をしました。車窓に広がる景色の中に動いているものが一つもないことにハッとすることがありました。遥かに続く田畑の連なりに、車はおろか人ひとり歩いていない風景に見とれたこともあります。また山間を抜ける列車から、人工物がまったく見えない時間が続くことに感動したこともありました」

 森嶋の脳裏に、久しく思いだしたことのない光景が浮かんだ。山の緑と、空の青さだけが続いている。

「大昔の話になりますが、私も学生時代に北海道に帰るときはいつも、普通列車でした。東北の延々と続く田畑の中を走りました。視野には1人の人も見えない。また民家の一軒もない、山野も走りました。そして北海道に入ると、過疎はさらにひどくなる」

 殿塚の言葉に、植田が頷いている。殿塚の選挙区は北海道だった。植田も北海道出身だ。おそらく、選挙区は違うだろうが。

「さすがに今は飛行機ですがね」

 殿塚は笑みを浮かべて森嶋を見据えた。

「私が育った町に行くためには、空港を下りて、車で1時間近く原野の中の道を走ります。ほとんど対向車にも出合わない。信号もない。東北の北の地区、北海道のやはり北端の地域です。たしかに、アメリカのように地平線まで見渡せる平原はありません。しかし、日本も十分に広い。まだまだ、人が暮らせる土地は多くある。ただしそこは、経済活動からは取り残された地域です。日本経済は、東京、名古屋、大阪。大都市に集中していることは事実です。日本が再生するためには、地方が元気にならなければなりません」

 殿塚は森嶋を見つめて話し続けた。その顔から笑みは消えている。

                                                                           (つづく)

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