「国家は各機能を持った地域の集合体である。その機能は地域と住民の特性を生かした、地域独自のものであらねばならない。そして独自の機能を持ち、最大限に生かすためには、その単位はある一定の規模がなくてはならない」

 殿塚は読み上げるように言った。森嶋の論文の一節だ。

「あなたが書かれている通りだと思います。この中にも地方の復権が書かれています。まさに道州制に通じるものです。大いに参考にさせてもらいました」

 森嶋にとって意外な言葉だった。今までに読んだ者は、指導教授とロバートだけだと思っていた。ハーバード大図書館の日本文献の片隅にでも、ひっそりと置かれていればいいと思って書き上げたものだ。

 日本にも持って帰り、報告書類の中に入れてある。英文でもあるし、誰の目にも触れないだろうと思っていたものだ。省内からは何も言われていない。

「私たちは道州制実現のために勉強会を開いています。新日本改造研究会といいます。名前は仰々しいが、新しい日本の形を造ろうというものです。どうか私たちに協力していただきたい」

 殿塚が深々と頭を下げた。植田たちは無言で見ている。

「私に出来ることならば、喜んで協力します」

 思わず出た言葉だった。

 場の空気が一気に和んだ。最初、森嶋を見て顔をしかめた議員も、握手を求めてきた。

「憂うべきは日本の現状だ。少子高齢化、終わりのない不況、世界経済の悪化、それに伴う円高、輸出不振。経済ばかりではなく、日本人の意識も衰退している。誇りも自信もなくし、ただ時代に漂っているだけだ。江戸から明治にかけて、国家と国民が一体となって新たな未来に向けて突き進もうとした気概など、完全に失せてしまった。そうは思わないかね」

 殿塚は紹興酒をあおりながら、賛同を求めるように森嶋を見た。

 口調が滑らかになり、言葉づかいも変わっている。

 森嶋はどう答えていいか分からなかった。政治家と議論しようなどとは思ってもいない。