橘玲の日々刻々 2018年11月22日

すべての市民がお互いを監視し評価する社会に突き進んでいる!
「信頼」獲得ゲームの行方とは?
[橘玲の日々刻々]

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  ITジャーナリスト、レイチェル・ボッツマンは『シェア 〈共有〉からビジネスを生みだす新戦略』(NHK出版)で、UberやAirbnbなどのシェアリング・エコノミーの到来を予言し、「コラボ消費(Collaborative consumption)」という流行語を生みだした。そんなボッツマンの新刊が『TRUST(トラスト) 世界最先端の企業はいかに〈信頼〉を攻略したか』(日経BP)だ。

 「シェア(共有)」の次が「トラスト(信頼)」なのは、そこに一貫したテーマがあるからだ。相手を信頼していなければ共有できない。誰かと共有するということは、信頼しているということだ。シェアリング・エコノミーは信頼をインフラにしているのだ。

新しいテクノロジーは「信頼の壁」を飛び越える手助けをする

 狩猟採集時代のヒトは、50~150人程度の小さな共同体で、親やきょうだい、親族、友人たちとの「ローカルな信頼」のなかで生きてきた。農業というイノベーションで大規模な社会が可能なると利害の異なるひとびとを統治する政治権力が登場し、産業革命によってさらに社会が大規模化・複雑化したことで、契約や法律など「制度への信頼」の時代が到来した。そしていま、インターネットなどの新しいテクノロジーによって、中央管理型の制度には依存しない「分散された信頼の時代」が始まりつつある――。これが、『トラスト』の背景にある「歴史認識」だ。

 ボッツマンは、アリババ創業者ジャック・マーがいかにして「信頼」を巨大ビジネスに育てたかという話を導入にして、「信頼とは確実なものと不確実なもののすき間を埋める、驚くべき力」だと定義する。信頼があるからこそ、私たちは不確実な未来に飛び込むことができる。新しいテクノロジーは、この「信頼の壁」を飛び越える手助けをするのだ。

 新しい発想への信頼を獲得するには、誰のこころにもある心理面と情緒面のハードルを乗り越えなくてはならない。そこで必要なのは、(1)カリフォルニアロールの原則、(2)メリットの原則、(3)信頼のインフルエンサーの原則だ。

 ステーキとマッシュポテトしか知らないアメリカ人にどうやって生魚を食べさせたかが「カリフォルニアロールの原則」で、ロサンゼルスの寿司職人真下一郎は、馴染みのない食材とキュウリやアボガドといった見慣れた食材を組み合わせ、それを(外側がコメで海苔を内側にする)裏巻きにすることで、全米に寿司の大ブームを巻き起こした。

 新しいものと馴染みのあるなにかを組み合わせると、「新しいのに見慣れたもの」になる。これが単純接触効果(熟知性の法則)で、「馴染みのある人やものに囲まれていると居心地がいい」という人間の本性を利用することで「信頼の壁」を超えさせるのが容易になる。

 ひとは常に、それが自分の人生をよりよいものにしてくれるかどうかを計算している。これが「メリットの原則」で、自動車、テレビ、旅客機、インターネットなどが急速に普及したのは、そのメリットが誰の目にも明らかだったからだ。これは当たり前のようだが、問題なのは、このメリットの計算が合理的に行なわれているわけではなく、大半が主観的なことだ。

 典型的なのはワクチンで、その効果が直感的には理解できない(感染症にかからなかったのはワクチンの効果なのか、たまたま運がよかったのかは判然としないが、副反応による発熱などの影響ははっきりしている)ため、どれほど医療関係者が詳細なデータを積み上げても納得せず、先進国であるはずの日本で、いまでは風疹、おたふく風邪、はしかなど根絶されたはずの感染症の大流行が真剣に懸念されている(「ワクチン政策迷走のツケ 感染症20年に流行リスク」日経新聞2018/11/16朝刊)。

 「信頼の壁」を乗り越えさせるための3つ目の要素が「信頼のインフルエンサー」で、これは「社会的証明」ともいわれる。有名人はもちろんだが、自分が信用している(無名の)ひとたちが同じことをしているというだけで、ひとはそれを信頼するようになる。「切り立った崖」を上ってもらうには、「その体験を楽しんでいることを伝えなくてはならない」のだ。

 ただしこの「社会的証明」にも光と影がある。最初はナチスに懐疑的だったドイツの知識人が、大衆の圧倒的な支持を目の当たりにして「(ヒトラーへの)信頼の壁」を超えたように、それはポピュリズムの温床ともなる。

 

中国では個人の信用格付けで移動までも制限される

 ボッツマンは『トラスト』第4章「最終責任は誰に?」でUberとAirbnbが如何にして顧客の信頼を獲得してきたかを、第5章「偽ベビーシッター」で、母親が慎重に選んだベビーシッターがじつは犯罪者だったという子どもの頃の体験から、「間違った信頼」を避けるには大規模な評価システムが必要なことを、第6章「闇取引でも評判がすべて」で、犯罪者の巣窟と思われている闇(ダーク)ネットですら、業者がすこしでもよい評判を獲得しようと努力している理由を述べている。これらはどれも興味深いテーマだが、詳細は本を読んでいただくとして、ここでは第7章「人生の格付け」について考えてみたい。
 中国で共産党主導の個人情報管理が進められていることはよく知られており、それについては過去に書いた。

参考記事
●IT先進国・中国で進む恐怖の情報管理社会の近未来

 2014年6月14日、中国国家省は「社会信用制度の構築に向けた計画概要」を発表し、国家全体の「信頼」を強化し、「誠実さ」の文化を築くために、国民の信用を格付けする計画を明らかにした。現在はまだ市民スコアに参加するかどうかは個人の選択だが、2020年までには参加が義務づけられる。

 これにともなって中国政府は、8社の民間企業に社会信用格付けに使うシステムとアルゴリズムの開発許可を与えた。そのなかにはテンセント傘下のチャイナ・ラピッド・ファイナンスと、アリババ傘下のアント・ファイナンシャル・サービス・グループ(AFSG)が含まれる。AFSGは、胡麻信用(セサミクレジット)のほうがよく知られているだろう。

 胡麻信用では、ユーザーを350点から950点までで評価している。アリババはそのアルゴリズムを明らかにしていないが、信用履歴(電気代や電話代を遅れずに支払っているか? クレジットカードの代金をすべて支払ったか?)、履行能力(契約義務を果たす能力)、個人的な特徴(携帯電話の番号や住所といった個人情報)、行動と嗜好(買い物履歴からわかる性格)、人間関係(ネットでどのような「友だち」とつき合っているか?)を考慮に入れていることを明らかにしている。

 スコアが600点に達すると5000元までのローンが引き出せて、アリババのサイト上での買い物に使える。650点で前金なしでレンタカーが借りられ、ホテルや北京国際空港で優先チェックインの資格が得られる。666点を超えると現金で5万元までのローンが借りられる。700点以上になると雇用契約書などの証拠書類なしでシンガポール旅行に申請でき、750点以上になるとルクセンブルクのビザ申請が可能となり、ヨーロッパのシェンゲン圏26カ国の自由な往来が可能になる(シンガポールとルクセンブルクが胡麻信用のスコアをビザ審査に使うことを認めた、ということのようだ)。

 だがこうした個人の信用格付けには、特典だけでなく罰則もある。

 2016年9月25日、中国国務院弁公庁は「信頼を棄損した人物への警告と罰則」と題した政策を更新した。「ある場所で信頼を裏切ったら、すべての場所で行動が制限される」のだという。

 格付けの低いひとたちはインターネット接続が遅くなる。行きたいレストランやクラブ、ゴルフコースに入れないこともある。海外旅行に自由に行けなくなるし、部屋探しにも、保険に入るにも、ローンの資格や社会保障手当にも影響する。スコアの低い応募者の採用を避ける会社も出るだろうし、役所、報道、法律関係など特定の仕事からは完全に排除される。自分や子どもを学費の高い私立学校に入れるのも難しくなる。

 ジョージ・オーウェル『1984』のような話だが、これはSFではなく、「信用力の高いひとたちは天国で自由に歩き回り、信用力のないひとは一歩を踏み出すことさえ難しくなる」と、中国の政府文書に繰り返し書かれているという。

 2017年2月、中国の最高人民裁判所は、過去4年間に事件を起こした615万人に飛行機での移動を禁じ、軽罪でブラックリストに載った165万人が電車での移動を禁じられた。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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