アマゾンが強調する「キャッシュフロー経営」は結果論でしかなかった? ベゾスはいかにして今のアマゾン帝国を築いたのでしょうか。書籍『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』著者・朝倉祐介さんの人気対談シリーズに、元マイクロソフト社長で新刊『amazon 世界最先端の戦略がわかる』がヒット中の成毛眞さんをお迎えします。この前編では、アマゾン・ドット・コムの強さの源泉を探り、80年代に一世を風靡したある日本企業との類似性や、金融出身であるベゾスの本当の強みについて議論が広がります。(構成:栗下直也、写真:野中麻実子)

80年代の日本企業の成長を支えたのは「シェア脳」だった?

朝倉祐介さん(以下、朝倉) 日本でもグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの頭文字をとった「GAFA」という言葉が浸透してきました。拙著『ファイナンス思考』では彼らの凄さはサービスの独創性だけでなく、ファイナンスの側面、財務戦略にもあると指摘しました。成毛さんのご著書『amazon』でもデータや図表を使ってGAFA、とりわけアマゾンの特異性をファイナンスの観点から浮き彫りにしていますね。

アマゾンは80年代の日本企業を徹底研究? キャッシュフロー経営は後づけ? ベゾスの凄みを検証する成毛眞(なるけ・まこと)さん
1955年北海道生まれ。元マイクロソフト代表取締役社長。 中央大学商学部卒業。自動車部品メーカー、株式会社アスキーなどを経て、1986年マイクロソフト株式会社入社。1991年、同社代表取締役社長に就任。2000年に退社後、投資コンサルティング会社「インスパイア」を設立。元早稲田大学ビジネススクール客員教授。現在は、書評サイト「HONZ」代表も務める。『本棚にもルールがある』(ダイヤモンド社)、『定年まで待つな! 一生稼げる逆転のキャリア戦略』(PHPビジネス新書)など著書多数

成毛眞さん(以下、成毛) この本の中で強く言いたかったことのひとつが、アマゾンのキャッシュの潤沢さです。キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)を見れば、それは一目瞭然です。CCCは、仕入れ代金の支払いと、商品を販売して資金を回収するまでの、期間のずれを示す指標です。たとえば、CCCが「プラス30日」なら、資金回収まで30日かかるので、30日分の運転資金が必要になる。通常、小売りだったらプラス10日くらいでしょうか。

 アマゾンが凄いのはCCCがマイナス30日前後で推移しているところ。つまり、仕入れ代金を支払う1ヵ月前には手元にキャッシュが入っている状態です。このカラクリについては本に詳しく書いていますが、アマゾンがすさまじいのは、このキャッシュの潤沢さをいかして、手元に利益をのこさず、事業拡大に思いきって投資しているところでしょう。

朝倉 『ファイナンス思考』では、目先の売上や利益を優先する経営姿勢を「PL脳」と名づけました。アマゾンはまさにPL脳の真逆をいっていて、将来に稼ぐと期待できるお金の総額を最大化しようとする未来志向の「ファイナンス思考」を実践する企業です。アマゾンの経営で象徴的なのは、利益が出そうもない安値で製品やサービスを市場投入して、一気にシェアを握ってしまう点。送料無料などさまざまな特典がある「プライム会員」も米国では39ドルで初めて、一気に会員数を増やし、119ドルまで引き上げた今も会員数は増えています。クラウドサービスのAWSも同じようにしてマイクロソフトやグーグルが追いつけないような地位を築きましたね。

成毛 そうですね。ただアマゾンのこうした手法は、意外に思われるかもしれませんが、1980年代の日本のメーカーと重なってみえる部分もあります。ベゾスは日本の経営者についてかなり勉強しているのではないか、と私はにらんでいます。というのも、当時の日本企業も事業拡大にひたすらお金を回して、市場シェアの獲得に必死でした。アマゾンのように期待成長率の高い分野に投資するという視点がどこまであったかはわかりませんし、グローバル市場への展開の視点が欠けていたのは事実です。ただ、少なくとも、目先の利益にとらわれるPL脳ではなく、「シェア脳」でした。日本企業が当時、競争力が高かったひとつの要因かもしれません。

まさかの!? ダイエー中内功を髣髴とさせる手法

朝倉 たしかに、市場シェアをどんどん取っていくというアマゾンの経営は、日本の小売りでかつて一時代を築いたダイエーの創業者の中内功さんを想起させます。価格を下げて、面(シェア)をとりに行く。発想自体は非常にベゾスに近いですよね。ダイエーがアマゾンになりえなかったのは、インターネット時代かどうかという時代の違いだったんでしょうか。

成毛 確かに、中内さんの戦略とアマゾンは恐ろしいほど似ています。極論すれば、単純に安く売るためには手段を問わない。とはいえ、ダイエーの凋落は、やはり、(店舗の土地・建物を所有する自前主義だったために)バブル崩壊後の不動産価格の暴落が響いたのではないでしょうか。それまでの中内さんのスピード感ある経営からすると、インターネットが普及しても、うまく業態を変えて生き残っていたのではないかと思う時があります。もちろん、創業者につきものの後継者の問題などはあったでしょうが。

アマゾンは80年代の日本企業を徹底研究? キャッシュフロー経営は後づけ? ベゾスの凄みを検証する朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)さん
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに勤務。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィへの売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。2017年、シニフィアン株式会社を設立、現任。著書に、新時代のしなやかな経営哲学を説いた『論語と算盤と私』(ダイヤモンド社)など。

朝倉 既存の小売店がインターネットの攻勢にさらされて久しいですが、アマゾンはリアル店舗の出店にも本腰を入れ始めています。無人CVS(コンビニエンスストア)「アマゾンゴー」を現在の3店舗から2021年までに3000店にまで広げる計画です。まだまだ実験段階とみていたのですが、本気でCVSを展開するのでしょうか。

成毛 アマゾンゴーは1店舗あたりのコストが1億円ともいわれています。CVSはせいぜい1店舗当たり2000万円で収益性が見込めるビジネス。1億円もかけたら大赤字になります。おそらくCVS展開ではなく、別のことを考えているのではないでしょうか。「あのアマゾンだから何か考えているにちがいない」と穿った見方をしているわけではなく、CVS運営だと単純に収支があいません。
 ゴーの店舗は、基本的に無人ですよね。商品管理や店内でのお客の動きを把握するために、センサーとカメラの塊です。アマゾンはこれらとAWSを連携させて、小売店舗向けにパッケージとして外販することも視野に入れているはずです。アマゾンゴーの本当の狙いはそこでしょう。多店舗展開はそのパッケージ作りのデータ収集の一手といったところでしょうか。もちろん、モノを売る店舗としても機能するでしょう。最近、ファッション事業を強化していることからも、衣料品を積極的に取り扱うのかも。とはいえ、収支が合わないといっても、1店舗1億円で計算しても、3000店で3000億円です。アマゾンのキャッシュ創出力からすると、金利みたいなものですけどね。