ボトムアップで固定概念から解放する力

「旧来のシステムを今一度信じて、そこに立ち戻るのか。それとも、市民一人ひとりが積極的に関与して、違う方法を見出すのか。今、私たちは転換期にいる」。アイスランド作家のアンドリ・スナイル・マグナソンは、2年前のインタビューでこう応えている。

 彼が“システム”と表現するのは、アイスランドを危機に招いたグローバル金融システムであり、また銀行に勝手を許したアイスランドの政治だ。この発言へと至った経緯は違えど、アンドリの突きつけたこの質問は、日本の漁業を巡る現状にも呼応する。

 数々の断絶を乗り越え、今日に至るアイスランド。連載ではそれぞれ個別のテーマとして紹介したが、いずれにおいても、再生へのカギとなる二つの価値観が根底にあると感じた。それは「徹底したボトムアップの思考」と、「固定概念への挑戦」だ。

 地元のものはダサい――。そんな雰囲気を一掃し、地元の素材で空き店舗を埋めたファッションデザイナーたち。「農業のことは自分たちが一番よく知っている」 「何も知らない学生に何ができるのか」――訝しがりながらも学生と協業し、開発された新たなデザートやメニューによって他には真似できない価値を手に入れた農家。そして何よりも、議会の決議を覆し、世界から「信頼を失ったアイスランドに再生はない」とこき下ろされたにもかかわらず、突き進んだ市民運動。彼らがスタート地点に受けた批判の一つ一つは、何千キロと離れた国とは思えないほど、身近だ。だからこそ、彼らがこの3年半の間に辿った経過は、私たちに勇気を与える。

 その効果は、いかほどのものか。そう思われる人もいるだろう。しかし、金融危機から3年半。彼らの再生への試みから徐々に成果が出始めている。

 今年に入って、米ファイナンシャル・タイムズをはじめ、多くの海外メディアが、アイスランドの現状を取り上げた。GDPの10倍もの負債を抱え、IMFや北欧諸国からの融資を受けるに至ったアイスランドが、今年3月20日、借り入れた資金を前倒しで返済することを発表したためだ。そして、ヨーロッパの多くの国を凌ぐ2.9%というGDP成長率で、関係者たちを驚かせたのである。同じく金融危機で財政困難に陥ったアイルランドやスペイン、ギリシャに復活の兆しが見えないだけに、そのV字回復は目を見張るものがある。

 震災から、1年以上が過ぎた。「東北のものを買って応援しよう」――そんなスローガンも、スーパーや量販店からついぞ聞かれなくなった。緊急時の対策は潰え、未来への希望を描く復興へのビジョンは見えない。そんな今こそ、小さくとも具体的な地域の問題と価値を反映し、多様な解決策を模索しようと、市民のレベルで結びつき合えることの意義は大きい。

 今回少しだけ紹介したプロジェクトMaru。その試みは漁業だけに限ることなく、地元の人々との対話の中から新しい価値を生み出すことになる。次回はこうしたMaruの活動の詳細に触れながら、アイスランドの日本という二つの場所から見える明るい未来のつくりかたについてまとめ、最終回としたい。