幸せの4つの因子とは。社員と会社が幸せになる経営とは――。前野隆司教授による、EIシリーズ創刊記念イベント「働く私たちの幸福学」講演録、前編では幸せの4つの因子のうち、(1)自己実現と成長の因子(やってみよう因子)、(2)つながりと感謝の因子(ありがとう因子)を紹介した。後編では、残り2つの因子、そして幸福経営学のありかたについて事例を交えて紹介していく。(構成・まとめ/編集部)

西洋的、個人主義的な因子と
東洋的、集団主義的な因子

前野 隆司(まえの・たかし)
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授
1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼務。博士(工学)。著書に、『幸福学×経営学』(2018年)、『幸せのメカニズム』(2014年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(2004年)など多数。日本機械学会賞(論文)(1999年)、日本ロボット学会論文賞(2003年)、日本バーチャルリアリティー学会論文賞(2007年)などを受賞。専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。

(3)前向きと楽観の因子(なんとかなる因子)

 第三の因子が、なんとかなるという、前向きと楽観の因子です。自己肯定感が高く、楽観的でポジティブで、細かいことを気にしすぎない人は幸せです。

 セロトニントランスポーター遺伝子の計測研究によると、日本人はセロトニンが出にくく、世界で一番心配性な民族ということが示されています。一方、心配性だからこそ、車をきちんとつくらなければ気が済まないし、おもてなしでは隅々まで気を配るという、日本人の素晴らしさにもつながっているわけです。細かいことを気にするというのは、別に悪いことではありません。

 ただ、それによって自分はダメだ、これもできないと自信を失い、ネガティブになってしまうと幸福度が下がります。ですから、細かいことを気にしてもかまいませんが、それによって自己肯定感を下げないことが肝心です。自分には欠点もあるけれど、みんなで力を合わせれば何とかなる、といった楽観性を持つとよいと思います。

 では、どうすれば前向きになれるか。有名な研究結果に、「口角を上げる」というものがあります。簡単ですね。口角を上げただけで、楽しい気分になり、免疫力も上がるということです。上を向いて大股で歩くのもよいです。胸を張ると、胸をすぼめるよりも幸福度が上がるという研究もあります。要するに、顔や身体が元気なポーズになっていると、私たちの脳はだまされるというわけです。

 また、悲観的な気分のときは細かい部分に着目し、楽観的なときは全体に着目するという研究もあります。つまり、リーダーとして全体のことを考えなければいけないときは、顔を上げて堂々と考えたほうが、幸福度が上がり、楽観性も上がり、判断力も上がるということです。

(4)独立と自分らしさの因子(ありのままに因子)

 実はこの因子は以前、「独立とマイペースの因子」「あなたらしく因子」と呼んでいました。ですが、マイペースという言葉が、日本ではのんびり屋さんとか変人とか違った意味で受け取られてしまったので、「自分らしさ」「ありのまま」というように変えました。

 人の目を気にすると、人と比べて勝ちたいという気持ちが出て、地位財の獲得にやっきになり、長続きしない幸せに向かうことになります。人は人、自分は自分、自分らしく自分のペースでやっていく人が幸せなのです。

 不幸な人は、自分には個性もないし、自分らしさを発揮できない、自分なんてダメだと思い込んでいます。ですが、今のままでいいと認めること、成し遂げたことで評価するのではなく、存在だけを評価するというのが、幸せの第一段階です。

 そして最終段階は「すべてはありのまま」、この広い宇宙に人間としてたまたま生まれ、たまたま出会ったこと自体が感謝だという、悟りの境地に近いものとなります。実際に、老年的超越という研究において、90歳、100歳の幸福度を測るアンケートを行なったところ、幸福度が非常に高いという結果が出ました。すべてありのまま、生きているだけで幸せ、すべてのことに感謝という境地に至ったのでしょう。

 突き詰めてみると、何千年かけて宗教や哲学者が言ってきたこととも似てくるのではないでしょうか。

 以上が、幸せの4つの因子です。このうち、(1)勇気を持って「やってみよう」、勇気を持てば(3)「なんとかなる」、そして(4)「ありのまま」にやろう、これら3つは西洋的な、個人主義的な因子です。一方、(2)「ありがとう」、貢献しよう、みんなと共にというのが、東洋的な、集団主義的な幸せといえます。

 どちらが大事ということでもなく、個人の強さを持ち、みんなと共にやる優しさや豊かさを持っている人が幸せだということが、私の研究結果からも判明しています。

仕事内容による注意点

 幸せの4つの因子は、企業や仕事内容によって多少バランスが異なってきます。コンサルタントやクリエイティブ関係は、やってみよう因子が強いですし、看護、介護、福祉や震災復興NPOなど利他的な仕事に従事する人は、ありがとう因子が強い傾向にあります。もちろん、一番幸せなのは、両方強いことですが。

(C)Takashi Maeno

 ただ、看護や介護、福祉においては、利他的で社会貢献していながら、「みんなのためになれば自分のことはどうでもいい」という、行き過ぎた自己犠牲が多く見受けられます。残念なことに、やってみよう因子が弱い人は、バーンアウトに陥りやすいのです。震災鬱の人を助けようとしたNPOの人が、自己犠牲の果てに自分も鬱病になってしまう。心の不幸はうつるとも言えます。

 逆に、幸せも伝染します。ニコラス・クリスタキスの研究が有名ですが、幸せな人の周りに幸せがうつることをネットワーク分析で明らかにしています。

 ですから、心優しい貢献欲の高い人は、自分を後回しにするのではなく、それが私の自己実現なんだ、自分はこうして社会に貢献するんだと、胸を張って言う強さを持てば、バーンアウトになりません。

 一方、やってみよう因子が強すぎる人は、たとえ自分の会社が上場して金持ちになったとしても、友だちをなくして不幸になったりするので、みんなのためにという利他性を持てば結果として企業も栄え、幸せになるはずです。

 要するに、4つの因子をうまく高めれば、仕事においても会社においても幸せになる。実際にそういう企業も出てきています。