胸が小さい女性向けの下着ブランド「feast」など、熱狂的なファンをもつアパレルブランドを大学生時代に立ち上げた経営者のハヤカワ五味さん(株式会社ウツワ代表取締役。@hayakawagomi)。書籍『マーケティングの仕事と年収のリアル』発売を記念した著者・山口義宏さん(インサイトフォース代表取締役。@blogucci)との特別対談にお迎えし、この前編では、ハヤカワさんの起業の軌跡を振り返りながら、ビジネス成功のポイントと、トラブルへの迅速な対応や学びについて伺っていきます。(撮影:疋田千里)

90点→100点の差は、嗜好品でしか意味をなさない

山口義宏さん(以下、山口) ハヤカワさんのTwitterなどを拝見していると、そのときどきに必要な経営の勘所をラーニングしつつ、それがご自身の事業のストーリーとも紐づいているように見えて、すごいなと。「feast」や「ダブルチャカ」などどれも女性向けのブランドですから、男性の私からはなかなか分からない部分もあるんですけど(笑)。

アパレルブランドとして禁じ手?でも販路としてアマゾンを選んだハヤカワ五味さんの決断ハヤカワ五味さん
株式会社ウツワ代表取締役
キュ〜トでクレバ〜な経営者。ランジェリーブランド feast/ワンピースブランド ダブルチャカ/ラフォーレ原宿 LAVISHOP等を運営。服という”纏う哲学”についてと、”透明な売上を立てる経営”を日々考えている。来春、著書を刊行予定!(Twitterアカウント:@hyaakawagomi/noteアカウント:https://note.mu/hayakawagomi/株式会社ウツワHP:http://utw.co.jp/)

ハヤカワ五味さん(以下、ハヤカワ) マニアック中のマニアックなので…(笑)。ご著書『マーケティングの仕事と年収のリアル』を拝読して共感したのは、日本人の価値観として「環境や評価基準は変わらないもの」という前提をおきがちだ、ということです。着々と積み上げていけばこうなるはずだ、と何らか変化が起こることを想定していないのは、マーケティングに限らず、日本人の特徴ではないかと思います。最近、中国に行く機会があって見聞きした中でも、そこの感覚は日本人と全然違いました。

山口 本当にそうですね。人間の能力や努力の上下というのは多少ありますけど、環境とのマッチングによって評価が激変することもあります。汚い言葉ですが「使えない(役に立たない)」と言われた人が、環境を変えた瞬間にハイパフォーマーになることもある。自分自身も能力やスキルに凹凸があるほうなので、そこは実感しているんです。弱みで勝負しつづけていると不毛な職業人生を歩むことになるので、そこは避けてほしいと思って書いたのがこの本でした。

ハヤカワ ご著書にあった話でもうひとつ、0点から90点に上げるのと、90点を100点に上げるのは、同じぐらいの労力がかかるのに、後者の差である10点は、一般に伝わらないか、あまり意味がないという点も非常に共感しました。コストパフォーマンスを考えても、そこの努力が不毛だと知る大切さは、マーケティング職以外の人にも言えますね。この点は、私も社内のスタッフに普段から言っています。

山口 嗜好品やプレミアムブランドであれば、90点から100点の差を詰めきるからこそ生まれる世界観があるんでしょうけど、それ以外のほとんどの商品・サービスの場合は、最後の10%の労力であまり差が出ないんですよね。

ハヤカワ 嗜好品にお金を払う人が限られているからこそ、そこの嗜好品とマス向け商品の差を把握している人は意外と少ないのかなということも感じます。

山口 化粧品などを見ているとモノを選ぶ際の要件が本当に変わってきていて、素敵だから、世界観がいいからって売れるわけじゃない、と実感します。もちろん高価格帯のプレミアムブランドではその世界は残っているのですが。また、マーケティングの仕事をしている人たちこそ、感度が高いがゆえにマス層との感覚のズレや偏りがあることは多い(笑)。エッジが立っていることを正しいとする世界ですが、そういうエッジの高さに対してちょっとアクセスしづらい、敷居が高い、と感じる顧客層をきちんと理解して巻き込んでいけるかというのは難しいなと思います。

ハヤカワ どうしても目立つところに目が行ってしまうという点は、マーケティングの面で視野が狭くなって危険だなと私も思います。先日、成毛眞さんの著書『amazon 世界最先端の戦略がわかる』を読んでいて、イオングループやセブン&アイホールディングスってメッチャ売上高いんだ!とあらためて驚いたんです。中国にも展開してるし。どうしてもネットのトレンドで出やすいしアマゾンなど、いわゆる花形の流通に集中しがちですけど、ビジネスとして顧客層や商品・サービスのイメージと合うなら既存小売りさんと組む選択肢もありますよね。

利益をとらずにお客様に迷惑をかけたら本末転倒

アパレルブランドとして禁じ手?でも販路としてアマゾンを選んだハヤカワ五味さんの決断山口義宏さん
インサイトフォース代表取締役
東証一部上場メーカー子会社で戦略コンサルティング事業の事業部長、東証一部上場コンサルティング会社でブランドコンサルティングのデリバリー統括などを経て、2010年にブランド・マーケティング領域支援に特化した戦略コンサルティングファームのインサイトフォース設立。大手企業を中心にこれまで100社以上の戦略コンサルティングに従事している。著書に『デジタル時代の基礎知識『ブランディング』 「顧客体験」で差がつく時代の新しいルール』(翔泳社)など。東京都生まれ。

山口 おっしゃる通りですね。ハヤカワさんはもともとデザイナーだけど、ブログやTwitterを拝見していると、数字の感覚も強いじゃないですか。それはもともとですか? 経営の勉強をしながら身についたことですか?

ハヤカワ 中高時代に、いわゆる競取りをしていて、利益や付加価値をつけて売ることが習慣になったんです。私は美術系の予備校を経て美術大学に入ったんですけど、アートの世界では「お金儲けは悪だ」という風潮が強かったので、最初はその志向でプリントタイツを企画して売っていたんです。でも、利益の出ないギリギリの収益でやっていると、次の発注のときにキャッシュがなくて納品が遅れてしまったりする。お客様に還元しようとして利益率を押さえていたのに、結局それがお客様の利益につながっていない。それ以降、次に備えてキャッシュのプールがあったほうがいいと考えて、そこから特に数字にこだわるようになりました。

山口 最初は、ご自身でデザインもされていたんですよね。そこから、マーケティングや経営に軸足を移されてきたきっかけやタイミングは何だったんですか。

ハヤカワ 高校のクラスで1人だけすごく絵がうまい子がいて「選ばれし人間」だと大学に行ってみたら、そういう人ばっかり集まっていた、というのはよくある話ですよね。まさに私がそれで、大学に入ってみたら自分より断然うまい人たちがいるなと痛感して。だから、その世界でいまから無理にトップを狙うよりは、自分がもともと得意な数字の面を鍛えたほうが、両方の感覚がわかる点で強みになるのではないかと。大学に入って割とすぐの段階で、そう感じてました。

山口 ウツワとして法人化されたのは、いつでしたっけ。

ハヤカワ 大学1年生の終わりごろですね。大学に入学した直後の5月に立ち上げたブランドがあったんですけど、それは全然売れなかったんです。7月に初めての夏休みを迎えて、今のfeastという下着ブランドを始めたんですが、これが当たって年明けには売上が1000万円ぐらいになってしまった。それで、税務上との処理など必要に迫られて法人化したんです。

山口 起業を決意してプロセスを踏んだというより、ナチュラルに事業が膨らんで法人化したんですね。

ハヤカワ 満を持して経営に取り組むというよりは、走りながら考えてきた感じです。特にファイナンスについては、必要に迫られて毎回学んできてます。

feastで需要が一気に広まった理由

山口 大学に入っていきなりブランドを立ち上げたというのは、何がモチベーションだったんですか。

アパレルブランドとして禁じ手?でも販路としてアマゾンを選んだハヤカワ五味さんの決断集団で何かを創りだすことが原動力、というハヤカワさん

ハヤカワ たぶん、集団で何かを創りだすことが好きなんです。クリエイティブ出身なので、自分ならこういう広告を作るな、こういうデザインの商品にするなって常に考えていますけど、想定を超えるものが上がって来たときに「メッチャいい!!」と感じる瞬間が好きで。どちらかというと、それを自分で創り上げるより、みんなで生み出す機会を提供するほうが、自分としてはワクワクするというかお得感があるんです。

山口 多くの起業家は事業をゼロから立ち上げることに苦労しますけど、ハヤカワさんの場合はいきなりfeastで事業が立ち上がったわけですよね。需要がそれだけ生まれたのはなぜだと思いますか。

ハヤカワ もともと私がコスプレイヤーで、サブカルチャー寄りなんですよ。このジャンルはSNSに強いし、情報発信がベースになって需要を喚起できたんだと思います。タイミングもよかったんでしょうね。(事業を始めた)4年前は今ほどインスタグラムも流行ってなかったし、口コミでパッと広がる機能が世の中になかったなかで、feastの顧客層は特に波及力が強かった。当時、ブランドを立ち上げる人も少なかったので「応援したい」「そういうアイテムなら欲しい」と言ってくださる方も多くて、ハマりやすかったんだろうと思います。

山口 当時、ハヤカワさん自身が、そのコミュニティで一定の知名度があったんですか。あるいは、属人的な評判よりは、欲しかったけどなかったものが出てきて話題になったのでしょうか。

ハヤカワ 私自身の知名度はなかったです。特に写真の一本釣りはアニメやコスプレの世界では強いので、商品は写真とコピーだけで広まっていきました。当時、Twitterのフォロワーは500人ぐらいで、1万ツイート台にいったらヤバイ!って感じで、そこから多くの方に知っていただいて。購買力も高い濃い層だったので、一着5000円でも300~400着すぐ売れてました。