橘玲の世界投資見聞録 2018年12月6日

アメリカの「働き方改革」
“ギグ・エコノミー”の光と影とは?
[橘玲の世界投資見聞録]

橘玲のメルマガ 世の中の仕組みと人生のデザイン 配信中

 インターネットやSNSなどテクノロジーの急速な進歩を背景に、先進国を中心にひとびとの「働き方」が大きく変わりつつある。今回はマリオン・マクガバン『ギグ・エコノミー襲来 新しい市場・人材・ビジネスモデル』(CCCメディアハウス)をもとに、アメリカの「働き方改革」の実態を見てみたい。著者のマクガバンは起業家で、1988年にMスクエアード・コンサルティングという会社を立ち上げ、専門職のフリーランサーを企業のプロジェクト案件向けに紹介する業務を手掛けた。2005年に会社を売却してからは「デジタル時代の働き方」の専門家として活躍している。原題は“Thriving in the Gig Economy(ギグ・エコノミーで成功する)”で、「ギグ」という新しい働き方が急速に広がっている様子を伝えている。

なぜギグ・エコノミーが広がっているのか

 そもそもギグ(Gig)とはなにか? これはジャズミュージシャンなどがライブハウスで気の合った仲間と即興の演奏をすることで、そこから「短期の仕事」の意味が派生した。要するに「フリーエージェント」や「インディペンデント・ワーカー」のことで、日本なら非正規の不定期雇用に該当するが、それをわざわざGigと呼ぶのは、「自由に好きなことをする」という価値観を加えたいからだろう。「いまなんの仕事してるの?」と訊かれて、「1年の契約でA社で働いている」というよりも、「A社と1年のGigをしている」とこたえた方がクールなのだ。彼らはインディペンデント・コントラクター(IC=独立業務請負人)で、「ギグ(プロジェクト)単位で契約を結ぶ働き方」をしている。

 なぜギグ・エコノミーが広がっているのか。それは、会社側と労働者側にそれぞれ理由がある。

 雇用主(会社)の事情としては、第一に、コスト(人件費)削減がある。アメリカは公的年金や国民医療保険の制度がない代わりに、会社が従業員にこうした福利厚生を提供しなければならない。有給休暇、医療保険、退職年金などを加えると雇用主側の負担は人件費の32~37%を占めると推計されている。フリーランスにはこうした福利厚生は不要なので、社員の20%増しの報酬をギグ・ワーカーに支払ったとしても会社としてはじゅうぶん元がとれる。

 もうひとつは、ビジネス環境が急速に変化するなかで、素早く人材を補充しなくてはならなくなったことだ。社員を再教育するよりもそれに適した人材を労働市場から調達したほうがかんたんだし、その人材もいつまで必要かわからないから、いちいち退職手続きをとるよりも最初から契約期間を決めておいたほうがいい。日本企業から生まれたジャスト・イン・タイム(カンバン方式)では、生産工程においてすべての部品を適時適量に調達して生産性を最大化することを目指したが、ギグ・エコノミーでは、ビジネスに必要な人材をジャスト・イン・タイムで採用するのだ。

 それに対して、労働者はなぜGigを目指すのか?

 インディペンデント・ワーカーへの調査によると、47%が「元の雇用主に自分の価値をわかってもらえなかったこと」が独立に踏み切る要因になったと答えている。アメリカでも日本と同様、会社(人事)への不満は大きいのだ。「自分の運命を自分でコントロールできる」という独立の動機も、日本のサラリーマンにはよく理解できるだろう。

 アメリカに特有の事情としては医療保険の問題がある。国民健康保険の制度がないアメリカでは、会社に所属していないと自費で高額の保険に加入しなければならない。これが独立への高いハードルになっていたのだが、医療保険制度改革(オバマケア)によって自営業者でも保険に加入しやすくなり、独立を後押しする重要な要因になったという。

 だがより決定的なのは、専門職を短期で雇いたい会社側と、独立して短期の仕事をしたい専門家をマッチングさせるプラットフォームがさまざまなベンチャー企業によって提供されるようになったことだ。いまでは、複数の人材プラットフォームに登録しておくと、いろいろなところから仕事のオファーが来る。アメリカでも独立への最大の不安は仕事がなくなる(食えなくなる)ことで、それがどんな仕事であれ、とりあえずやっていけると思えればストレスの多い会社勤めをつづける理由はないのだ。

アメリカでは4~5人に1人が「会社に所属しない働き方」をしている

 アメリカにおいて、ギグ・エコノミーの実態はどうなっているのだろうか? じつはアメリカにはインディペンデント・ワーカーについての公式な統計はなく、さまざまな機関がその割合を推計しているが、16%から29%までかなりの幅がある。そもそもインディペンデント・ワーカーとは誰なのかの定義が分かれるからだが、アメリカではすでに4~5人に1人が「会社に所属しない働き方」をしているとことはまちがいない。

 ギグ・ワーカーの働き方はさまざまだ。グローバル金融機関の国際人事部長だったが、ほんとうに打ち込みたいのは彫刻で、オフィスにいなくてもいい日をつくるために独立してコンサルタントになったとか、高度な学歴と職業能力をもつ女性たちが、出産を機に仕事と生活を両立できる「別の道(マミー・トラック)」を選んだなどのケースが紹介されているが、もちろんこれがすべてというわけではない。

 そこでマクガバンは、ニューエコノミー(新しい働き方)を「シェアリング・エコノミー」「オンデマンド・エコノミー」「ギグ・エコノミー」に分ける。

 シェアリング・エコノミーの典型はAirbnbで、そのいちばん特徴は「シェア」する資本(部屋)をもっていることだ。管理などの手間はかかるとしても、利益を生み出すのは労働(サービス)よりも資本だ。それに対してライドシェアのUberでは、資本(車)をシェアするだけでなく、運転というサービスも提供しなければならない。

 オンデマンド・エコノミーは即時性に重点を置いたサービスで、Uberもそのひとつだが、イヌの散歩をするなど資本がまったく不要な働き方もある。これはどちらかというと、アルバイト仕事が分割されてギグになったものだ。

 それに対してギグ・エコノミーは、即時性(誰でもいいから早く)よりも適材適所に重点を置いた働き方で、一般に専門能力が要求される。

 さらに、こうしたギグを組み合わせることもできる。Airbnbで旅行者に部屋を貸し、時間があるときはUberで運転手をし、週に3~4日は専門を活かした仕事で働く、というように。こんな働き方は10年前はもちろん、5年前でも考えられなかったから、これはやはり革命的な変化なのだ。

 ギグ・ワークを専門技能で分けることもできる。

 頂点にいるのは弁護士、コンサルタント、データ・サイエンティスト、臨時の経営人材(新規部門の立ち上げなどで期間限定で独立コンサルタントを雇う)などの「専門職」で、高い専門性、重い責任、高額の報酬が特徴だ。

 その下が「技能労働者」で、ドライバー、修繕工事人、料理人、ウェブ開発者、編集者、ライターなどが挙げられている。一定の専門性を必要とするものの、発注者の指示に従い、責任が限定されているかわりに報酬もそこそこだ。

 ギグ・ワークの最下層は「非熟練労働者」で、イヌの散歩人、便利屋、駐車係、食品・雑貨の宅配、配送アシスタント、レストランの接客係など、専門性を必要としない(誰でもできる)仕事で、マニュアルに従っていれば責任はなく、そのぶん報酬は最低賃金プラスアルファだ。

 これは働き方の3つの区分であるクリエイター(天職)、スペシャリスト(キャリア)、バックオフィス(労働)に相当する。このすべての分野で、流動化=ギグ化が進んでいるのだ。

 人材斡旋会社の調査では、フルタイムで働くインディペンデント・ワーカーのほぼ半数が、会社員時代よりも収入が増えたと答えている。専門人材のマーケットには3980万人が参加しているが、年収10万ドル(約1100万円)以上は290万人で、その平均年収は19万2000ドル(約2100万円)だ。フリーになったからといって収入が減るわけではなく、そのうえ高所得グループの人数は年7.7%のペースで増えている。

 その一方で、就労時間が週15時間未満のインディペンデント・ワーカーは約1240万人で、副業で収入を増やすためにギグをしている。

 ギグ・エコノミーはあらゆる年齢層に広がっているが、中心にいるのは1980年代と90年代に生まれたミレニアム世代で、約40%を占めている。現在30代から40代のミレニアム世代の特徴は仕事よりも生活を楽しもうとする傾向が強いことで、金融危機(リーマンショック)のさなかに成人したこともあって長期雇用を信用せず、90%が「ひとつの仕事に3年以上とどまるつもりはない」と考えている。

 X世代(1960年代から75年までの、ベトナム戦争とヒッピー・ムーヴメントの時代に生まれた世代で、個人主義と内向性を特徴する「ミー・ジェネレーション」ともいわれる)や、第二次世界大戦後に生まれたベビーブーマーのなかでもギグ・エコノミーは広まっている。シニア世代や高齢者世代は二極化していて、金銭的には恵まれているが自分の専門性を活かして社会貢献したいというひともいれば、働かないと暮らしていけないというケースもあるようだ。

 しかしそれでも、90%以上が自由度や柔軟性を重んじてインディペンデント・ワーカーをキャリアとして選択し、80%が「独立して働く生活で幸福感が高まった」、75%が「フリーランスで働く生活は健康にもよい」とこたえている。


作家・橘玲の切れ味鋭い見解が毎週届く!
有料メルマガの
無料お試し購読受付中!
お試しはこちら

幸福の「資本」論|橘玲著 幸福の「資本」論 重版出来!
橘玲著

あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」。あなたが目指すべき人生は?
定価:1,500円(+税) 発行:ダイヤモンド社
購入はコチラ!
世の中の仕組みと人生のデザイン|橘玲のメルマガ配信中! 20日間無料 ザイでしか読めない!橘玲のメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」も好評配信中!
月額864円(税込)
いますぐ試す(20日間無料)

バックナンバー

»関連記事一覧を見る

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
発売即重版決定! 橘玲の最新刊【幸福の「資本」論】発売!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。