所有するだけで”いつかの担保”になると考えられてきた企業不動産だが、環境対応を十分に行わない場合、企業のブランドを傷つけるリスクを秘めている。この分野に知見をもち、国土交通省のCRE(企業不動産)戦略のガイドラインづくりの座長も務めた清水千弘 日本大学スポーツ科学部教授に最新事情を訊いた。(取材・文/渡辺賢一)

なぜ日本企業では
不動産戦略が遅れているのか?

 日本企業による企業不動産の活用は、国土交通省が2008年に経営者向けの「CRE戦略を実践するためのガイドライン」及び、業務担当者向けの「CRE戦略を実践するための手引き」を発表したことで本格化した。同ガイドラインと手引きは、日本大学スポーツ科学部の清水千弘教授をはじめとする学術界の有志が国に「企業不動産戦略の推進」を提言し、立ち上げた「合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会)」によって作られた。

環境対応やリスク管理、日本と世界の企業不動産戦略の違いは? 清水千弘(しみずちひろ)
日本大学スポーツ科学部教授、マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員。専門は、指数理論、不動産経済学、ビッグデータ解析。日本不動産研究所研究員、リクルート住宅総合研究所主任研究員、麗澤大学経済学部教授、シンガポール国立大学不動産研究センター教授等を経て、現職。主な著者に、『不動産市場の計量経済分析』(朝倉書店)など

「バブル崩壊から10年以上が過ぎた頃、生産性の高い企業が放出した不動産を、さほどキャッシュフローを生まない昔ながらの産業・企業群が買い占めるという動きが広がっていました。しかし、不動産は本来、活用することによって財やサービスを生み出す資産です。その正常なあり方に戻すために、企業の不動産戦略を世に広めようと考えたのです」(清水教授)

 不動産が活用されずに眠った状態となっていたことを、「バブル崩壊後の『失われた20年』を招いた大きな要因のひとつでした」と清水教授は見る。国交省がガイドライン・手引きを発表してから、ちょうど10年が経過した現在、「環境リスクへのさらなる対応と、創造性を積極的に採り入れた企業不動産の価値創造が今後の課題」だと指摘する。

「日本企業による不動産の活用は徐々に進んできていますが、欧米企業に比べると速度が遅い。これは、低成長やデフレなど、企業を取り巻く経済環境や社会環境が欧米とは異なっていたからでしょう。また、不動産活用は長期的視点に立って考えるべきですが、日本の場合、急速な人口減少や2020年の東京五輪開催によって、将来にわたる有効な土地活用のあり方が見えにくくなっています。これも、日本企業による企業不動産戦略の歩みを遅らせている一因ではないでしょうか」(清水教授)

「働き方改革」の進展やAI(人工知能)の進化によって、企業がオフィスを必要としない未来すら予想されている。長期にわたる経営戦略そのものが描きにくい時代の中で、多くの経営者は「いまある不動産をどうすべきか?」という課題に答えを見つけ出せず、悩んでいるのではないだろうか。