経済学が今「飛ぶ鳥落とす勢い」なのは、なにも不況というバックグラウンドだけが理由ではない。ゲーム理論の登場と発達を受け、経済学の最先端はどこまでも突き進んでいる。「若手最注目」として注目を集める経済学者・安田洋祐氏に経済学の最新キーワード「マーケットデザイン」とは何なのかを伺った。聞き手は、同じく気鋭の若手社会学者、西田亮介氏に務めていただいた。(進行・構成:荻上チキ)

最先端の経済学で学校を選ぶ時代?

西田:最近、経済学がなにかと話題になっています。僕は安田さんが研究されている「マーケットデザイン」については、(荻上)チキさんに紹介していただくまで寡聞にして「経済学の最先端」という程度の認識しかありませんでした。ですが、この機会に、いくつか資料を手に取ってみて、「合理的な政策立案にとても有効な手法ではないか」という印象を持ちました。そこでまずは、分野の概要と安田さんの研究について教えていただけますか。

安田洋祐
安田洋祐 1980年東京生まれ。経済学者。政策研究大学院大学助教授。東京大学経済学部卒業後、米プリンストン大学よりPh.D.取得。2007年8月より現職。専門はゲーム理論、産業組織論、マーケットデザイン。『モバイルバリュー・ビジネス』(中央経済社)、『経済学で出る数学』(日本評論社)の執筆にも携わる。

安田:これは、経済学、特にゲーム理論によって得られた新しい知見を利用し、実際の制度変更や制度設計を行う分野、という風に捉えていただければと思います。もちろん、マーケットデザインと一言で言ってもいろいろな研究があるのですが、私自身が特に力を入れている「学校選択制」を例に説明します。

 学校選択制とは、公立の小・中学校の生徒たちに、学校選択の自由を与え、従来の通学区域に縛られることなく、より幅広い選択肢の中から、希望する学校を選ぶことを可能にする制度です。

西田:品川区で有名になった制度ですね。

※東京都・品川区が2000年度に全国に先駆けて導入した制度。4つに分けられた区内のブロックの中から区立小学校を自由に選択できる。中学校は2001年度から導入され、区内であればどこのエリアの学校でも選択可能。

西田亮介
西田亮介 1983年京都生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科助教。サイバー大学メンター。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、同政策・メディア研究科修士課程修了。同博士課程在籍中。専門は地方自治体、企業、非営利組織等の連携による地域活性化の分析と実践。『現代用語の基礎知識2010』『中央公論』『思想地図vol.2』などに論文を寄稿。

安田:そうです。具体的には生徒、あるいは保護者に希望する学校を尋ね、希望者が学校の定員を超えない限りは希望する生徒をすべてその学校へ入れる。その一方で、希望者が定員を超えた場合には、なんらかの抽選手段を用いて、定員があふれないようにするわけです。

 なぜ学校選択制の話が、経済学やゲーム理論の話と関係するのか。ポイントは、各学校に定員があって、全ての学生が必ずしも一番行きたい学校に行けるとは限らないという点にあります。

 人気校の椅子は限られている。つまり、有限なパイをいかに分けるか、というマーケットのように位置づけられます。言いかえると、どの学生とどの学校をマッチングさせるのが望ましいかという、経済学の課題が姿を表してくることがお分かりいただけるでしょう。

 たとえば、できるだけ多くの学生をより行きたい学校に行かせる運営方式(メカニズム)はないか。いくつか望ましい方法があるとすれば、その中で最も満足度の高いものや、公平なものはどのようなものか。ゲーム理論を用いれば、そういった問題をより精緻に考えることができるんです。

西田:なるほど。ところで学校選択制を、従来の学区制と比較した場合、そのメリットはなんでしょうか。