1人残された森嶋は、ロータリーに入ってきたタクシーに乗った。

 行き先を告げてからロビーを見ると、でっぷりと太ったアジア人と握手をしているロバートの姿が目に入った。

 今日中に中国に発たなければならなくなった。ロバートの言葉が甦った。森嶋にユニバーサルファンドのCEOと最高戦略責任者を教えた。葉山の邸宅に行き、インターナショナル・リンクのCEOを紹介した。

 日本の歴史、日本の置かれている状況を森嶋以上に勉強し、気にかけている。なぜ、これほど日本の情勢にこだわるのだ。しかし、日本政府は何をしている。この時期、日本政府の中でヘッジファンドの動静に注意している者はいるのか。

 車がホテルを出たところで携帯電話が鳴り始めた。

 ディスプレイには村津の名が出ている。一瞬迷ったがボタンを押した。

〈1人か〉

「そうです」

〈どこにいる〉

 村津の簡潔な声が聞こえてくる。すでに風邪がウソで、マンションにはいないことを知っているのだろう。

「東都ホテルを出たところです」

〈すぐに来ることができるか。長谷川設計事務所だ〉

「20分で行きます」

 携帯電話は切れた。

 森嶋は運転手に、六本木へ行き先変更を告げた。

 休んだ言い訳を考え始めたが、どうせ村津は信用しないだろうと思いやめた。もし聞かれたら――そのときは、そのときだ。