住まいは丘の上にある。

 港の夜景を見下ろせたり、部屋から夏の花火を眺められたりとロケーションだけはいいのだが、丘を登る坂道にはかなりの勾配があって、ときどき息切れを起こして難儀する。ご近所のお年寄りなどは、坂の途中で休憩しているほどだ。

 土曜の夜のことだった。終電近い時刻に帰った私は、ゆるゆると坂道を登り始めた。

 と、直後に、女性の甲高い声が路上に響き渡った。声がしたほうに目をやると、小径を入った先で、女性が携帯電話に向かって怒鳴っている。

「ねえ、いい加減にしてよ。もう電話しないでって言ったでしょ」

 どうやら痴話喧嘩のようだ。思わず私は足を止めた。面白そうではないか。

「どうしていつもそうなのよ。あたしが誰に会ってたってあなたには関係ないでしょ。そんなのあたしの勝手じゃない」

 彼女はかなり激昂していて、私のみならず、他の通行人がいることにも気づいていないようだ。私を追い越していく帰宅者も、みな小径のほうを窺い見ている。見られていることを知ってか知らずか、勇ましい声が聞こえてきた。

「ざけんじゃねえよ、ばか」

 叫んだかと思うと、女性はおもむろに携帯電話を切った。

 そして、あー、鬱陶しい、と捨て台詞を吐く。年の頃はアラサーといったあたりだが、なかなかに気っ風がいい。二〇代後半の女の子が口にするにはちょっと下品な言葉遣いではあったが。

 彼女は、小径をこちら側に戻ってきたところで私と目があった。そのとき初めて聞き耳を立てていた通行人に気づいたらしく、恥ずかしそうに俯くと、逃げるように坂道を登って行った。