総理は眼の間を指でもんだ。

 薄い膜でおおわれていたような意識が、わずかながらはっきりした。

 ここ半月ほどの出来事は20年以上に渡る政治家人生の中でも、もっとも過酷で日本の戦後史にも残るものだ。そして、自分はそれを日本のトップ、内閣総理大臣として受け止めている。こうなったからには、時代の節目節目で現われる偉大な宰相のごとく、自分の名を日本史を学ぶ子どもたちが必ず口にし、写真を見るようにしてやる。

 総理は自らに固く誓った。

 ユニバーサル・ファンドが日本国債を買い漁っている、という報告を10分前に財務大臣から受けたところだった。彼らはすでに数十兆円を保有しているという。

「これが意味することはなんなのだ」

 声に出してみたが、正直分からない。経済の専門家ではないと言ってみても、それではおさまらない。総理としてはすべてを把握し、あらゆる責任を負わねばならないのだ。

 日本国債はすべて円建てだ。返せるだけの資金はとりあえずなんとか日本国内にある。足りなければ日銀が札を刷ればいいだけの話だ。思ってはみたが、そううまくはいくはずがない。

 国債の格付けがさらに下がり、金利が多少上がるだろうが、今のところ大した影響はない。どうせ今朝、一気に3段階下げられ、マレーシアやタイと同レベルとなったのだ。

 自分の任期のうちに3段階の降格は不名誉なことには違いないが、1時間もするとどうでもよくなった。騒ぐのはマスコミだけで、国民は思ったほど気にしている様子はない。株価も為替も、マスコミや経済学者が騒ぐほどの下落はなかった。すでに織り込み済みなのだろう。日本人というのは常に内向きで、日本という国を信じているのだ。外国の評価など大して気にしない。いざというときには神風が吹くと、本気で信じているのだ。そして現代の神風は――。

「しかし、今ごろ日本国債を買ってどうするというのだ。我が国としてはありがたい話だが」

 総理は誰にともなく言った。誰も答える者はいない。