“働き方、生き方と同じように、暮らし方も「ありモノに合わせる」「世間一般のもので我慢する」のではなく、自分の希望に合わせて作りかえればかたづきも良くなり、本当にラクに暮らせます。”

社会派ブロガーとして人気を博すちきりんさんの最新作『徹底的に考えてリノベをしたら、みんなに伝えたくなった50のこと』の一説だ。築20年余りの自宅をリノベーションした様子を、業者の見積もり、助成金申請、工事の過程に至るまで、まさに“徹底的に”書き尽くした一冊となっている。

発刊を記念し、日本の住まいの未来を考えるLIFULL HOME'S総研所長であり、一般社団法人リノベーション住宅推進協議会(現・リノベーション協議会)の設立発起人でもある島原万丈氏を迎えての対談がかなった。住まい事情を知るプロフェッショナルに、ちきりんさんが果敢に体験知を交えて切り込んでいく時間となった。だからこそ、話題は単なる「リノベあるある」に留まらない。現代の日本が「住」に抱える、病理のような問題点も次々に浮かび上がっていく。

もし、これからリノベーションをする、あるいはマンションを買おうとしているなら、この全5回の対談を目を通してからでも遅くない。あなたのプランは、きっと大きく書き換わるはずだ。
(構成/長谷川賢人 写真/疋田千里)
 

「リノベーションの本当の価値」を書きたかった

島原万丈(以下、島原)リノベーションの本をちきりんさんが出されたのは意外でした。とても興味深く読みました。

ちきりん 周囲からも「まさか自宅のリノベを本にするとは!」と驚かれました(笑)。島原さんはお仕事柄、多くのリノベ本を読まれていると思いますがいかがでしたか?

島原 ちきりんさんもお書きになっていますが、これまでのリノベ本のほとんどは事業者が書いているもので、自社の事例を通してリノベーションがいかに素晴らしいかアピールすることが多かった。ユーザーがご自身の体験を綴っている本もありますが、そちらは自宅の良さを紹介する主観的で趣味的な情報が増えがちです。その点、ちきりんさんの本は、ご自身の体験をベースに書かれてはいますけども、「三人称」なんですよね。冷静に分析をされたうえで、リアリティもあるのがすごく面白い。

アルミサッシを使い続ける日本は、“住宅後進国”だ島原万丈(しまはら・まんじょう)
株式会社LIFULL LIFULL HOME’S総研 所長
1989年株式会社リクルート入社。グループ内外のクライアントのマーケティングリサーチおよびマーケティング戦略策定に携わる。2005年よりリクルート住宅総研へ移り、ユーザー目線での住宅市場の調査研究と提言活動に従事。2013年3月リクルートを退社、同年7月株式会社LIFULL(旧株式会社ネクスト)でLIFULL HOME’S総研所長に就任し、2014年『STOCK & RENOVATION 2014』、2015年『Sensuous City [官能都市]』、2017年『寛容社会 多文化共生のための〈住〉ができること』、2018年『住宅幸福論Episode1 住まいの幸福を疑え』、2019年『住宅幸福論Episode2 幸福の国の住まい方』を発表。主な著書に『本当に住んで幸せな街 全国官能都市ランキング』(光文社新書)がある。


ちきりん ありがとうございます。私は数年前に『マーケット感覚を身につけよう』という本を書いてるんですが、今回もその感覚をフル回転させながら「市場ではどんなリノベ本が求められているのか」考えてみたんです。そうしたらぽっかり抜けているのが「どうやってリノベ会社を選んだか」という部分だと気づきました。設計士が執筆した本やリノベ会社のサイトの体験談では、相見積もりを避けたいせいか、誰も業者比較のプロセスや選択基準について詳細を書いてない。「施工事例にピンと来て、この会社に頼もうとすぐに決めた!」みたいな体験談が多いのですが、「いやいや、そんな簡単には決まらないだろう」と(笑)。

島原 おっしゃるとおりですね。リノベ本を出されているような事業者さんは、どちらかといえば、デザインに自信がある会社が多いのもあって、「空間の面白さ」といった見た目が映える傾向になりがちなんでしょう。そもそも自社が選ばれた本当の理由はよく分からないものですし。

ちきりん リノベーションは安くても数百万、ときには1000万円以上かかるプロジェクトなので、業者を感覚だけで選ぶなんてできません。リノベ会社のサイトや雑誌には本当に素敵なお部屋の写真が載っているのですが、内装やデザインは「住んでいる人の趣味」に左右される要素ですよね。本当に比べるべきはそこではないと考えたんです。

また今回リノベをしてみて、「部屋がおしゃれになる」ことより「生活動線が改善され、暮らしやすくなること」がリノベのより本質的な価値だとも感じました。そういったことがしっかり書かれた生活者目線の本に、大きなニーズがあるはずとも確信したんです。

新築なのに冬が寒い日本。古いのに冬でも半袖の欧米

島原 リノベーションによる暮らしやすさの改善は大きいですね。ちきりんさんのお家は窓にも全てインナーサッシを入れたそうで。それだけで体感温度も全然違うでしょう?

ちきりん もう全く違います。二重窓の効果は絶大で、冬にわが家へ来た人は、私が薄着すぎるので驚いていました。日当たりもいいので、暖房をつけなくても15℃以下にはほぼ下がらなくなったかな。エアコン暖房やストーブ暖房の苦手な人、高齢者のいるご自宅など、ぜったい二重窓にすべきと思いますよ。

島原 死因ではヒートショックのほうが交通事故よりずっと多いわけですからね。ちきりんさんは海外旅行もよくされるからご存知でしょうけれど、北欧やヨーロッパ諸国の家は冬でも暖かくできていますね。昨年の秋に取材でデンマークの家を訪ねたのですが、10℃を下回る11月頃の夜でも、薄着で暖房をつけなくても十分に家中が暖かく感じました。

ちきりん 日本だと、そういう造りの家って北海道など寒冷地だけですよね。東京だと騒音対策として、交通量が多い幹線道路沿いのマンションくらいかな。

島原 しかも、新しい家で窓はペアガラスでも窓枠がアルミサッシだったり……まだ使っているのは日本ぐらいなものですよ。

ちきりん 先進国としてありえませんよね。アルミは手の温度を伝えてアイスクリームを食べやすくするスプーンがあるくらい熱伝導が良いので、寒い日にはほんとに冷たくなって、外気温を遮断することがまったくできない。

なぜ日本では、未だにアルミサッシが使われているんでしょう? アジアはヨーロッパに比べ湿度が高いので、昔は機密性より風通しが大事だった、それはわかるんです。蒸し暑くてクーラーもない時代なら、あちこちから風の入る「すかすか」の家のほうがいい。でも今は時代が違います。

しかも、同じアジアの中国や韓国でさえ、日本よりサッシの建築基準が厳しいなんて恥ずかしすぎる。中国や韓国は「首都が日本より寒い」から、国の“エラい人”が二重窓の重要性やアルミサッシを使い続ける非効率さを身をもって体験してるんですよね。北京もソウルも冬は北海道レベルの寒さですから。
日本だってもし東京じゃなく札幌が首都だったら、今頃「二重窓、必須」という建築基準になってたかも(笑)。

アルミサッシを使い続ける日本は、“住宅後進国”だちきりん
関西出身。バブル期に証券会社に就職。その後、米国での大学院留学、外資系企業勤務を経て2011年から文筆活動に専念。2005年開設の社会派ブログ「Chikirinの日記」は、日本有数のアクセスと読者数を誇る。シリーズ累計30万部のベストセラー『自分のアタマで考えよう』『マーケット感覚を身につけよう』『自分の時間を取り戻そう』(ダイヤモンド社)のほか、 『「自分メディア」はこう作る!』(文藝春秋)など著書多数。


島原 それに関連して、建築・住宅業界でも2018年末ぐらいに話題になった……というか、大きな議論を読んだ政策決定があります。国土交通省は2020年に住宅の省エネルギー性能を義務化するという方針を出していたんです。それが、業界から反発が出て、見送りになったんです。

反発の理由は、新しい省エネ性能の基準に対応できない業者が半数以上いるからです。新しい基準といっても断熱性能は1999年に出来た基準で、欧米に比べればずっと低い性能のままでした。それで市場が混乱すると……いや、市場は混乱しないだろうと僕は思ったんですが。最低限の基準が揃わず、玉石混交の業者がいるほうがユーザーは混乱するわけですから。

ちきりん それってまさに日本が大好きな「基準を弱者に合わせて消費者に不便を強いる」という構図ですよね。

私、昔は金融業界で働いてたんですけど、当時はATMまで平日の昼間しか動いてなかったんです。その理由も「地方の小さな金融機関のATMが24時間稼働に対応できないから」でした。さきほどのお話と同じで、日本では業界でもっとも力のない会社を守るために競争を阻害する。弱い金融機関がぜんぶ潰れてしまうと、霞が関で働く人たちの天下り先も減っちゃいますし(笑)。

島原 たしかに日本企業の国際競争力のためにも、基準は引き上げたほうがいいんです。しかも、ちゃんと断熱材を入れて、樹脂の二重サッシ、あるいはトリプルサッシを使うと、ちきりんさんがおっしゃったように東京でもほとんど暖房を使わなくてよくなる。2,30年前に建てられた家と比べると、冷暖房にかかわるエネルギー消費量も30%は下がるでしょう。それだけ原子力発電、石油や火力発電への依存も減り、CO2の排出に対しても効果が出てくる。何より毎日の快適性が高まりますし、ヒートショックが少なくなれば医療費も減り、健康寿命だって延びていきますから住む人にメリットが大きい。

ちきりん 私がここまでリノベで断熱や二重窓にこだわったのは、アメリカに住んだ経験や、ヨーロッパに何度も長期滞在した経験があったから。「なんで日本の家はこんなに屋内が寒いのか」ってほんとに不思議だった。冬だからって屋内まであんなに寒いなんて、欧米ではあり得ない。

島原 あり得ないです。

ちきりん だけど日本にしか住んだことがないと、「冬でも暖かい家が実現可能だ」ということにさえ気づけない。

島原 ドイツあたりでは「断熱性は人権である」というぐらいの感覚らしいです。日本も一日も早く基準に手を付けたほうが良いことは明らかだけれども、業界を守るというスタンスが日本の住宅業者や霞が関の意志になってしまっていると。

アメリカでは「結露は欠陥住宅だ」

ちきりん 日本はエネルギー資源を輸入に頼ってます。一方、二重窓を作ってるメーカーは日本の会社です。二重窓で暖かい家を実現し、エネルギー消費を減らすのは国益にもかなってると思うんです。

実は今回7社のリノベ会社に個別相談にいき、「内装のおしゃれさより、断熱をしっかりすることのほうが優先順位が高いです」ってはっきり話したんです。ところが半分の会社は、その意味を理解してくれなかった。「断熱ですね、はいはい」って感じで聞き流し、するのは内装材の話ばっかり。断熱の方法や二重窓の機能やコストについてちゃんと説明してくれた会社自体が少なかった。

顧客のリノベ予算が限られている中で断熱や二重窓にコストをかけると、お風呂やキッチンなどのグレードが落ちてしまう。そうすると施工事例として見栄えが劣ってきますよね。そのせいかリノベ業者のほうにさえ「外から見えにくいところでも、住宅の基本性能を上げる部分にこそ、しっかりお金をかけるべき」という発想が欠けていると思いました。

島原 いや、本当に。実は、メーカーとしても樹脂窓はすごく売りたい商材だそうです。以前メーカーの人に「普及の一番の障壁になっているのは何ですか?」と尋ねたことがあるんです。答えは「社内のアルミサッシ部門」でした。製造をやめればいいんでしょうが、コストが若干安価なこともあって新築の供給で使う業者がいるから、と。

ちきりん そうなんだ! 社内部門が抵抗勢力になってたんですね! フィルムカメラ部門がデジタルカメラ部門の足を引っ張るみたいな話か。

島原 社内で競合するそうなんです。

ちきりん でも、やっぱりここは変えないとダメでしょ。他の先進国では「結露するなんて欠陥住宅だ」とさえ言われるくらいなのに。日本なんて、大手のデベロッパー(マンション開発会社)でさえ、「北側の窓は結露するから気をつけて」なんて平気で言う。「そんなもん、売るなよ!」って感じです。

一方で、おしゃれなドイツ製の水洗金具は大々的にアピールする。住宅としての基本性能より見かけを重視するような会社を「業界のリーディングカンパニー」とは呼びたくないです。

島原 マンションの5つ環境性能を星で表す「マンション環境性能表示」というものがあり、そのうちでも「建物の断熱性能」や「設備の省エネ性能」は取り組めばすぐに改善できるのに、満点がついてない新築マンションはいっぱいありますね。

特に新築マンションでは、良いサッシや断熱材を最初に入れてもらわないと、それこそ20年ぐらいはリフォームしないじゃないですか。共用部にあたる窓も手を入れにくく、後から直そうとすると投資コストがかかる部分です。断熱材だって、ちきりんさんのご自宅のように、全てをスケルトンにしないと、やり直しが効きにくいですからね。

国としても、省エネルギー対策は進めなければいけないとはわかっているし、産業振興で考えても、断熱材や二重窓といった設備メーカーが関わる大きな産業もあるわけです。しかし、国土交通省は、小さな工務店や不動産屋などの業界団体からの突き上げもあって、大鉈も振るえない。その質のばらつきは、ちきりんさんが例に挙げた都銀と地銀の比ではありません。(続く