現在、日本の経済成長率は、主要先進国の中でも最低となる1%ほどの低い水準を続けており、日本経済は世界の中で相対的に縮み続けている。

 こうした流れの中で、今回紹介する『日本経済 低成長からの脱却』は、日本型格差社会の到来への強い危機感をあぶり出す。

 加えて、選択と集中の時代になった今日でも、日本企業が成長のために投資を行えば、大企業も中小企業も成長するボトムアップ型の経済成長を達成できるという。

 本書は、日本が潜在能力をフルに活用するために、数多くの提案をしている。まずは、第2次世界大戦後に出来上がった独特の終身雇用制が制約となり、投資に失敗したときに不要な人員を抱え込まなければならないことが、企業にとって大きなリスクになっているという事実を認識すべきだという。

 その上で、日本で解雇されて転職することになっても、次の職を見つけやすいような仕組みを整備しておく必要があるとしている。

 とりわけ、これまでの輸出企業がけん引していた経済成長を、全ての企業がけん引し、国民一人ひとりがその能力を十分に発揮するように変革するためには、相当の投資が必要であるとしている。

 著者は、第2次安倍晋三政権で、内閣府の事務次官を務め、アベノミクスの旗振り役として活躍した人物である。本書でも、スウェーデンがかつて20年間でGDP(国内総生産)比約2割にも相当する増税を行って、今日の活力ある福祉国家を築いた話が紹介される。しかし、こうした負担を伴う働く世代への投資の議論にまで踏み込むには、国民の幅広い理解が不可欠だと指摘する。

 中でも、評者が興味深く読んだのは、スウェーデンの充実した社会保障が、流動的な労働市場を下支えするという形で選択と集中のための投資を担保しているという固有のメカニズムである。

 つまり、企業が選択と集中を行った場合に解雇された従業員が、本人の努力次第でキャリアアップし、より高い所得を得ていくことを充実した社会保障で助けている。そうして、選択と集中の時代に企業が発展し、同時に従業員もより高い所得を得られるようになるというウィンウィンの関係が作り出されていることを強調している。

 マクロ・エコノミストの立場からすれば、金融政策や財政政策の失敗が、1人当たりの労働生産性が伸びなくなった本質的な原因だとしがちである。本書では、構造改革の視点からその原因を特定し、成長のために国民の負担で新たな投資を実行すれば、日本経済は復活を果たせるとの根拠がしっかりと解説されている。

(選・評/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト 永濱利廣)