支持率という「民意」に引きずられる
再選挙のギリシャと似通った日本の姿

 17日に行なわれたギリシャの再選挙は、緊縮財政派が第一党の座を占め、連立に向け協議を進めている。反緊縮財政派が勝利していれば、ギリシャのユーロからの離脱が現実味を帯び、欧州経済のみならず、世界経済に大きな影響を与えていたのであろう。

 率直な国民感情からすれば、援助の見返りとしてEUと合意した厳しい緊縮財政は、国民生活の窮乏化につながり反対であると言うことだろうし、既成政党に替わり、若いエネルギッシュな党首に率いられ反緊縮財政を掲げる新しい政党に投票したいということなのだろう。

 国家が国民感情に引きずられ、中長期的な政策の実現が困難になっていくという図式は、ギリシャ特有のことではない。日本においても似通った問題がある。

 日本の場合には、ここ数年、内閣支持率という名の「民意」が強く働き、中長期的国益にはかなうが国民に不人気な政策は実行しがたく、また支持率の低下は首相の交代につながるという悪循環を繰り返してきた。

 二大政党制が定着し、大統領制をとる米国や仏では、民意は基本的には選挙による政権交代をもたらすということであり、議院内閣制の英国、あるいはドイツにおいても小さな第三党が状況次第で得票を増やし、連立のキャスティングボートを握ることはあっても、基本は二大政党間の政権交代である。

 いずれの国においても現職が、余程のことがない限り4年から8年程度は、大統領あるいは首相として統治する。国民感情が直接的に、頻繁な指導者の交代という統治の根本を揺るがすことに繋がってはならないという認識は強い。これが先進国たる所以なのであろう。

 日本における頻繁な首相の交代は、民意を示すとされるメディアの「内閣支持率」が差配している。低い内閣支持率となると、野党の攻勢だけではなく与党内が浮き足立ち、「こんな低い支持率の首相の下では選挙が戦えない」として、首相を引きずり下ろす力が働く。「政局」である。