相手に別れられたからといって、誰も不幸な人はありません。私たちはもはや、恋で死ぬような時代に生きてはいないのです――、とオラース・ド・サン=トーバンの『最後の仙女』には書いてある。
 

 失恋というのは、幅が広い。

 たとえば、好きな子がいて、思いを寄せている。だが、告白する勇気がなく、恋慕だけしているうちにカノジョにカレができて――、も失恋になる。

 思い切って声をかけ、告白したとき、ごめんなさい。と返されたときも失恋だ。

 交際が始まり、期間の長短はさておき、カノジョに心変わりがあって別れを切り出された場合も失恋になる。ただし、お互いの話しあいと理解があって、元の友だちどうしに戻れるようなカップルもいないわけではない。

 ところが、夫婦間には“失恋”がないから面白いのだが……、たとえ女房に三行半を突きつけられても失恋とは言わないし、伴侶が不倫相手と一緒になったとしても、やっぱりそれを失恋とは言わない。

 三行半と書いて“みくだりはん”と読むのですが、意味はおわかりですね。

 そのむかし、離縁状をしたためるとちょうど三行と半分くらいの分量になったことからこう呼ばれるようになりました。三下り半とも書きます。

「ヤマタノオロチってえ大蛇はとにかくでっかくて、とぐろを巻くと、山を三巻きもするほどだったって言うじゃねえか」
 「そんなものですかね。あたしは八巻きするくらいの蛇を見たことありますよ」
 「嘘つくんじゃねえよ、そんなでっけえ蛇がいるわけねえだろうが」
 「いーえ、こんなものでしたよ」

 と言って軽く手を拡げて見せる。

「何を言ってんだおめえ、それじゃ三尺もねえじゃねえか」
 「ですからハチマキと」

 というネタが落語の枕でよく使われましたが、何のことかわからない方はわからないままでいいです。三行半の話が流れただけです、下のほうに。八行も使ってるじゃないか、とツッコまないよーに。