渋谷にあふれる人の波も、この地の静寂を侵すほどの力はもたないだろう。渋谷区松濤から目黒区駒場に続く、閑静な屋敷町の情景は、至近のターミナルとは好対照に、ますますコンサバティブな様相をみせている。高度な都市機能を享受しながら、環境と風格だけは守りぬかれている一画である。

 すっかり若者たちのメッカとなった渋谷の街と考えあわせると、その徒歩圏にある松濤・駒場の住宅地との共存は不思議な気すらする。実際、渋谷駅前から東急本店に至る通りの雑踏を歩いてみると、どん詰まりのデパートの裏側に別天地が広がっているとは考えにくいに違いない。しかし、事実はその通りなのだ。

松涛の街並み
[松涛の街並み]
東急本店を抜けると、景色は一変。閑静な街並みが出現する。

 東急本店を境として、渋谷の街の喧騒は消え去り、かわりに、緑濃い住宅地が出現する。

 戦前から続く松濤の屋敷町である。なだらかなアップダウンの中に広い敷地の一戸建て住宅が展開するこの地は、古くから「日本のビバリーヒルズ」の名を冠されていた。

 そして、山の手通りを越えて隣接する駒場の街を加えると、この地の性格は、はっきりしてくる。駒場は松濤の地続きの住宅地であると同時に、東大教育学部を中心とした教育ゾーンである。かつて旧制一高、東京教育大がこの場所に位置していた。

 駒場と松濤は、いわば「官民一体」最高レベルのもの――つまり、質の高い公的機関と高級住宅地が一体化した場所なのである。

 地図上でこの地だけを囲ってみると、その傾向は一段と鮮明になる、大学、研究所、3つの大公園、博物館、スイス大使館、都知事公館、美術館、コンサートホール、体育館…。文化的なインフラストラクチャーが高度に集合した都心部でも珍しい高アメニティ地区なのである。