飲食街はいつもより静かな感じがする。これもバタフライ効果の一つだろう。

「嵐の前の静けさか」

 低い声で言ってみたが、不気味な響きとなって心に広がっていく。

 地下鉄のホームに入って携帯電話を見ると、10件ほどの着信履歴が残っている。そのうち8件が優美子で、残りは理沙と早苗だった。ロバートからのものはない。

 森嶋は優美子に電話した。財務省の情報を聞きたかったのだ。このテロで最も大きな影響を受けているはずだ。

〈富士山噴火の論文が流れたのは知ってるでしょ。やはり世界中に。サイバーテロの第2弾よ〉

 優美子の声が飛び込んでくる。銀行はどうなってる。アメリカ財務省は関係ないだろう。政府はどこまで理解しているんだ。まわりで声がしている。まだ財務省にいるのだ。

「金融機関専門に送られたんだろ。財務省と金融庁の管轄だ。何か手は打ったのか」

〈出所不明のデマ情報だから無視するように通達を出すのが精いっぱい。なんせ、世界中にでしょ。翻訳だけでも大騒動よ。おかしな間違いがあると政府のメンツに関わるっていうの。そんなことよりスピードなのにね。ただしあまりムキになって騒ぎたてると、かえって痛くない腹まで探られる。でも、タイミングよく、次から次へとよくやってくれるというのが省としての見解。日本によほど恨みのある集団ね〉

「そんなのんきなことを言ってていいのか。もっとはっきりした手を打つべきだ。そうでなければ明日には大変なことになる」

〈あなた、インターナショナル・リンクの発表のことを言ってるの〉

「今はそれしかないだろ。明日、新たな格付けを発表する」

〈また下がるでしょうね。これで日本は終わり。もう1ランク下がると、日本はBBBプラスになる。南アフリカやイタリアと同じってことよ。一斉に国債が売られるわ。利回りは跳ね上がり、日本の財務状況は最悪になる。株価もほとんど全銘柄が下がるでしょうね〉

 それにと言って、考え込む気配がする。

〈銀行まで日本国債を売り始めるかもしれない。そうなれば国民が銀行に殺到するわ。取り付け騒ぎよ。誰も損はしたくないもの。うちの父まで私に電話してきた。預金を下ろした方がいいかって〉

「何て答えた」

〈分からないって。下ろす必要ないって言いたかったけど、言えなかったわ。親を騙したくないもの。こういうとき、ウソをついてまで国を護ろうなんて何人の人が思うでしょうね〉

 森嶋には返す言葉がなかった。

 インターナショナル・リンクが銀行の格付けを下げようとしていることについては、まだ知らないらしい。財務省より理沙の情報の方が早いのか。

〈あなたはどうしてたの。どうせ、理恵さんと会ってたんでしょ。いくら電話しても出なかったから〉

 轟音を響かせて電車がホームに入ってきた。

「行かなきゃ。じゃ、明日役所で」

 森嶋は優美子が何か言っているのを無視して携帯電話を切った。

 開いたドアに乗り込んでいった。

(つづく)

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