サーシャ・バイン氏インタビューに答えるサーシャ・バイン氏 Photo by Toshiaki Usami

世界ランキング68位だった大坂なおみ選手をわずか3ヵ月でWTAツアー初優勝、8ヵ月後には全米オープン優勝に導き、さらに1年1ヵ月で世界ランキング1位に押し上げたサーシャ・バイン氏。彼の存在なしに大坂なおみ選手の快進撃はなかっただろうことは、誰もが認めるところだ。今は残念ながら契約を解消され、大坂なおみとサーシャのコンビは過去の伝説となった。バイン氏と離れた後、大坂なおみが精彩を欠いているだけに、ファンは歯がゆい思いをしている。

今回、東レ・パンパシフィック・トーナメントで、クリスティナ・ムラデノビッチ選手(フランス)のコーチとして来日したバイン氏にインタビューする機会を得た。7月に出版された彼の著書『心を強くする』に書かれた事実にも触れながら、昨春、日本中を驚かせた「下から目線」のオンコート・コーチングの背景など、サーシャ・バインのコーチングについて率直な話を聞いた。(聞き手/作家・スポーツライター 小林信也)

>>サーシャ・バイン氏インタビュー(上)を読む

ボスはコーチではなく「選手」
選手に命令するのは失礼なこと

サーシャ・バイン氏サーシャ・バイン
テニスコーチ。1984年生まれ、ドイツ人。
ヒッティングパートナー(練習相手)として、セリーナ・ウィリアムズ、ビクトリア・アザレンカ、スローン・スティーブンス、キャロライン・ウォズニアッキと仕事をする。2018年シーズンから当時世界ランキング68位だった大坂なおみのヘッドコーチに就任すると、日本人初の全米オープン優勝に導き、WTA年間最優秀コーチに輝く。2019年には全豪オープンも制覇して四大大会連続優勝し、ついに世界ランキング1位にまで大坂なおみを押し上げたところで、円満にコーチ契約を解消。
Photo by T.U.

小林 多くの日本人がサーシャを知ったのは、大坂なおみ選手がパリバ・オープンで勝ち進んだときだと思います。コートに降りて助言するサーシャは膝をついて、大坂選手より低い目線で穏やかに助言を与えていました。その姿はこれまでの日本の常識を破る衝撃的なものでした。あの姿は、自然に身についたものですか? それともコーチングを学んで得た知識ですか?

サーシャ 自然に身についたものだと思います。私にとってそれは当たり前の常識です。コーチは命令するものではありません。率直に言って、選手が私のボスなんです。同時に、平等でもありたいし、同じ目線でもありたい。彼女たちに命令するのはすごく失礼なことです。

 それに、オンコート・コーチングは選手にとって、コーチから励まされ、安心感を得て、自信を取り戻す時間です。90キロもある男性が見下して何か言っても、彼女たちはまったくそんな効果は得られません。ボディランゲージはとても大切です。言葉も慎重に選びます。

小林 日本では「選手がボスだ」という認識がまだ低いと思います。でも、いつ選手にクビにされるかわからないという立場はストレスではありませんか? 成長するために必要なことを直言したのに、それが疎まれて解雇される可能性だってあります。