どこでも見かける人気車種は、
埋没費用か機会損失か

 2012年6月初旬に、NHKスペシャル「激動 トヨタピラミッド」が放映された。番組の終わりで、廃業を余儀なくされた三次下請けの経営者が「二度と下請けはしたくない」と吐き捨てた言葉が印象に残った。自動車業界全体の「明るい未来への展望」を示すことなく、番組が終わったのも衝撃的であった。

 ここ数年、街中で見かける車が、特定の人気車種に集中しているのは不気味だ。12年6月16日付の日本経済新聞/日経生活モニター会議の欄で、「同じ着こなしの人が電車に何人も乗っていて、(クールビズを)着るのをやめた」とあった。

 筆者も、その人気車種に買い換えたいな、とは考えている。しかし、街中で数多くの同一車種を見かけると、たとえ「新古車」として安値販売されていたとしても、購入には二の足を踏む。

 つまり、公正価値や埋没費用というのは、数値例だけでは説明できない面もあるということだ。拙著『[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計』438頁では、その一例として「愛」を取り上げている。損得抜きで、目をつぶって配偶者を選ぶ場合があるということだ。そのときに見えなかったものが、埋没費用になる。

 そして数年後、「あのとき、もっとちゃんと見ておけばよかった」と後悔することを、機会損失という。第80回コラム(JT編)のときに紹介した通りである。

 メーカーとしては、巨額の研究開発費を投入したのだから機会損失を発生させることは許されない。モジュール生産で一気呵成に市場を制覇する、という経営戦略を選択する必要があるのだろう。

 配色を変えただけの同一車種が数多く通り過ぎるのを見るたびに、手堅く売れる商品は、手を変え品を変え「売り尽くせ」という印象を受ける。一度ヒットした映画のシリーズもの(パート2やパート3)を見る思いだ。

 そういえば、ハリウッド映画が冒険しなくなったのは、制作費の高騰が原因とされている。「ヱヴァンゲリヲン」や「ガンダム」などはその後、どれくらいのシリーズ化が行なわれているのだろう。

 筆者の場合、第1シリーズを見て、それで終わりにしてしまうことが多い。その第1シリーズで死んだり引退したりしていたはずの人物が、パート2以降の作品で再登場していたりすると、興醒めすることがある。