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 「東京スパイラルは創業社長の瀬名洋介が友人ふたりと起業し、上場を果たしました。前期の売上は千二百億円、経常利益三百億円、当期利益百二十億円――」

 「株価は」

 森山の発表を遮って、諸田がきいた。翌日の午後六時から開かれた臨時ミーティングの席上である。

 「二万四千円です」

 「だから?」

 諸田の声に苛立ちが混じった。「いくら必要なんだよ、買収にさ」

 その苛ついた口調に、森山が表情を消した。諸田の語調はいつになく厳しい。

 「仮に過半数を取得するとして、一千五百億円弱の資金が必要になります」

 森山の口から金額が出た途端、小会議室は声にならない興奮に満たされた。これほどの大型買収は経験がなかったからだ。

 「これをやれば、今期収益の強力な底上げになるな」

 諸田の言葉は、全員に向かっての発言にも、自分自身への激励にもきこえた。興奮に打ち震える声には、降って湧いた収益機会に対する期待が滲み出ている。

 「しかし、千五百億円もの資金は、いまの電脳雑伎集団にはありません」

 森山がいうと、

 「資金なんぞ、どうにでもなるじゃないか」

 諸田は怒りとともに吐き捨てた。「社債だろうが直接の融資だろうが、支援の方法はいくらでもあるはずだ」

 「同社が買収に回せる資金は、決して潤沢じゃありません」

 森山はひどく冷静な口調でいった。「同額の有利子負債を抱えることになります。体力からすると過剰ではないでしょうか」

 「問題なし」

 諸田はぴしゃりと撥ね付けた。「東京スパイラルと合併すれば、収益力はアップするだろうし、資産も増える。なんの問題があるっていうんだ」

 「リスクが高過ぎると思いますが」

 森山は硬い口調で主張した。「今期の予想売上三千数百億円の会社が、その売上高の半分に近い一千五百億円もの借金をしてライバル企業を買収するんですか。東京スパイラルと電脳とでは社風が違い過ぎるし、お互いにライバル意識も強い。東京スパイラルが無抵抗で買収に応じるとは思えませんし、社員の反発も大きいはずです。この買収が成功する見込みは低いでしょう」

 「君みたいなことをいっていたら、商売なんてできないんだよ」

 諸田は、憎々しく言い放った。「私がききたいのは、ウチがアドバイザーに就く上で、なんらかの障害があるのかどうかだ。君の意見なんかきいていない」

 諸田は、瞳の奥に怒りの炎を点して森山を見据えると、「で、どうなんだ。なにか障害になる事実はあったのか」、と問い詰める。

 「特に、ありません」

 「だったら最初からそういえ」

 短気な諸田は言い放つと、隣にいた半沢に向き直った。「部長、おききの通りです。今回の件、平山社長には引き受ける方向で返答させていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

 森山の表情が動いて昏い眼差しが半沢に向けられた。なにかいいたげに見えるその目は、半沢とはっきり視線が合う前に背けられてしまったが、その態度には不満が見て取れる。

 小さく嘆息した半沢は、森山から諸田へと視線を戻した。

 「わかった、進めてくれ。至急、平山さんと条件面を詰めてほしい」

 「かしこまりました」

 うなずいた諸田は、「アドバイザーチームを新たに編成したいと思う」、そう全員に告げると、チームに入れるメンバーをその場で選んでいく。

 全部で五人。微妙な空気が流れだしたのは、その中に、電脳雑伎集団の担当者である森山の名前がなかったからだ。

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1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒業。1998年『果つる底なき』で第44回江戸川乱歩賞を受賞。2010年『鉄の骨』で第31回吉川英治文学新人賞を受賞。2011年『下町ロケット』で第145回直木賞受賞。他の代表作に『空飛ぶタイヤ』『ルーズヴェルト・ゲーム』や、この作品の前作となる半沢直樹シリーズ『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』『ロスジェネの逆襲』などがある。

 


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