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半沢直樹シリーズ第3弾・池井戸潤『ロスジェネの逆襲』[試読版]
【その7】 2012年8月7日
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池井戸 潤

【第1章】椅子取りゲーム(その7)

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 その日、室内にはピリピリしたムードが立ちこめていた。

 電脳雑伎集団の会議室だ。中央の席に半沢、その横に次長の諸田がかけ、続いて三木を筆頭とするプロジェクトチームの五人が緊張した面持ちで平山社長の入室を待っている。

 午前十時ぴったりにドアがノックされ、社長の平山が姿を現した。

 「副社長は別件がありまして、今日は失礼します」

 開口一番、妻の不在を詫びた平山は、さて、とずらりと並んだ東京セントラル証券のメンバーを眺めた。

 「今日はどのような」

 少々意外なひと言が飛び出し、半沢は目を見開いた。買収事案に関わることなのはいうまでもないのに、どのような、はない。

 「ご相談いただいている件です」

 半沢はこたえた。「早速、叩き台となる買収案をお持ちしましたので、その内容について説明させていただこうと思いまして」

 「ああ、そのことですか」

 平山の唇に困ったような笑いが挟まるのを見た瞬間、半沢は奇妙な違和感にとらわれた。

 このミーティングは、東京スパイラル買収を目標として掲げる平山にしてみれば、待ちかねたもののはずだ。それなのに、いま目の前にいる平山からは、期待も熱意も感じられない。

 半沢が敏感に異変を感じ取ったのと、「その件は、もう結構です」、というまさに驚きの言葉が平山から発せられたのは、ほぼ同時だった。

 「どういうことでしょうか」

 慌てて半沢がきくと、平山の視線がすっと壁に逸れていく。それが戻ってきたとき、その目に浮かんでいたのは、怒りだ。

 「私がお願いしたのは、もう二週間以上も前なんですよ、半沢さん」

 静かな口調に、平山の感情が滲み出ている。「ところがその間、御社からはなんの連絡もなかった。ウチが上場したときにお世話になった縁でお願いしましたが、こういう対応では信頼してお世話になるというわけにはいきません」

 なんの連絡もない、というくだりで、半沢は思わず三木を一瞥した。頬のあたりを引きつらせた三木は愕然とし、顎が落ちそうだ。

 「それは申し訳ありません」

 半沢は詫びた。「ですが、ウチのチームで本件について鋭意検討しておりまして──」

 「遅いですよ」

 平山は厳しい表情で撥ね付けた。「私どもIT業界はスピードが命です。生き馬の目を抜く業界ですからね。こんなスピードでは、とてもじゃないがパートナーとして、信頼できません。そんなわけですので、半沢さん──」

 平山は、半沢を見据えた。「先日のアドバイザー契約、なかったことにさせてください。では」

 そういうと、席を立ってさっさと歩きだす。

 「社長、お待ちください」

 慌てた半沢が声をかけたが、頑なな横顔を見せたまま平山は振り返ることなくドアを開け、部屋の外へと消えた。

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池井戸潤(いけいど・じゅん)

1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒業。1998年『果つる底なき』で第44回江戸川乱歩賞を受賞。2010年『鉄の骨』で第31回吉川英治文学新人賞を受賞。2011年『下町ロケット』で第145回直木賞受賞。他の代表作に『空飛ぶタイヤ』『ルーズヴェルト・ゲーム』や、この作品の前作となる半沢直樹シリーズ『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』『ロスジェネの逆襲』などがある。

 


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