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 半沢の友人で東京中央銀行融資部の渡真利忍から電話があったのは、その日の午後のことである。

 「ちょいと俄には信じられないことをきいたんでな、それでお前に確かめようと思って」

 いつも大げさな渡真利のことだ、つまらぬ人事の噂でも聞き付けたんだろうとタカをくくっていた半沢だったが、続いて出た話に耳を疑った。

 「この話、オレが情報源だってことは絶対に洩らすな」

 前置きした渡真利は、「証券営業部が、企業買収のアドバイザー契約を結んだらしい。電脳雑伎集団だ。なんでも、お前んところの案件を横取りしたとか。本当か」

 「銀行が?」

 半沢はきいた。「どういうことだ」

 「企業買収の情報を察知した証券営業部がメーンバンクの立場を利用して、電脳の社長にアドバイザーをウチに乗り換えるよう説得したって話だ」

 伊佐山のニヤけた顔が思い浮かんだ。そういうことか。半沢は、息を呑み、しばし言葉を失った。

 平山は東京セントラル証券の対応の遅さを口にした。が、それは単なる口実に過ぎなかったのかも知れない。

 「そっちの黒幕は伊佐山さんか」

 そう尋ねた半沢だが、ふと首を傾げた。「しかし、なんで、電脳の買収案件のことを知った?」

 平山が、同じ話を銀行に持ち込んで天秤にかけたとは思えない。どこかで、情報が洩れたのではないか。

 「さあ、わからんね」

 渡真利はこたえる。「それとなく、調べてやろうか」

 「もし、できるのなら頼む」

 礼をいって渡真利との電話を終えた半沢は、すぐに電脳雑伎集団の平山に電話をかけた。出たのは秘書だ。

 「お時間をいただきたいのですが」

 申し入れた半沢に、秘書は、多忙を理由にその場で断ってきた。そうしろといわれているのだろう。

 「大事な件なんです」

 半沢はいった。「面談する時間がないのであれば、せめて電話でお話しをさせていただけませんか。お手間は取らせません」

 少々お待ちください、という返事とともに、保留メロディの「カノン」が二回りするほど待たされた半沢の耳に、「電話、代わりました」、とせっかちな早口で平山が出る。

 「今朝方は失礼しました」

 半沢は詫び、用件を切り出した。「ところで社長、アドバイザー契約の件なんですが、東京中央銀行と締結されるそうですね」

 「よくご存知で」

 ひと呼吸おいて、平山はいった。「それがどうかしましたか」

 「なんで銀行が、御社の買収事案を知ったのかと思いまして。社長がお話しされたんですか」

 「ウチがどこと契約しようと、そんなこと関係ないじゃないですか」平山ははぐらかした。

 「銀行から圧力がかかったということはありませんか」

 返事があるまで、しばしの間が挟まる。

 「誰がそんなことをいっているんです」

 「小耳に挟みました。どうなんです」

 半沢がきくと、「どっちでもいいじゃないですか」、と突慳貪な返事があった。

 「それはたしかに、銀行さんから声がかかりましたよ。でもね、お宅の対応が遅かったのは事実でしょう」

 「対応の遅れで契約を破棄されるのと、銀行からの横槍でそうされるのとでは、意味がまるで違います」

 半沢はいった。「本当のところを教えていただけませんか、社長」

 「いまさらきいてどうするんです」

 平山は苛立ちの混じった口調でいった。「お宅との契約はもう破棄したんだ。理由がどうあれ、私どものアドバイザーとして御社は失格ですよ。それだけのことだ。忙しいのでこれで失礼する」

 電話は一方的に切れた。

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池井戸潤(いけいど・じゅん)

1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒業。1998年『果つる底なき』で第44回江戸川乱歩賞を受賞。2010年『鉄の骨』で第31回吉川英治文学新人賞を受賞。2011年『下町ロケット』で第145回直木賞受賞。他の代表作に『空飛ぶタイヤ』『ルーズヴェルト・ゲーム』や、この作品の前作となる半沢直樹シリーズ『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』『ロスジェネの逆襲』などがある。

 


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