夢を持つ人を歓迎する社会

自宅地下室から、<br />平均成功確率3万分の1に賭けた男(2)<br />「いいね!」の一言が、イノベーションを育てる「ベンチャー企業が設立当初に持っていたビジネスモデルやコア技術で成功することのほうが稀」と話す窪田さん。設立から10年が経つ〈アキュセラ〉のコア技術もこれまでに2度も変わっている。大切なのは、失敗で負った「傷」を次のチャレンジに賢く活かすことだ。

 何であれ、新しいことをはじめようとしている人は、ワクワクしているものだ。10年前、僕がシアトルの自宅地下室で独りひっそりと会社を起こした時もそうだった。大学の研究室で自分が見つけた中枢神経細胞の保存技術は、かつてない大発見で、これを実用化すれば、世界があっと驚くほどおもしろいことが起こるに違いない。そう考えると、居ても立ってもいられないほど楽しくなって、後先のことなど考えずに起業した。

 結果から言うと、僕が会社設立当初に描いたビジネスモデルは失敗に終わった。最初に想定していたほどマーケットの需要はなかったし、他にも技術面でいくつか問題が見つかったのだ。

 当時の僕は、研究者としての実績はあっても経営者としての実績は完全にゼロだった。今から思うと、恐ろしいほど無知だったし、無謀だった(今も変わっていないかもしれないが!)。それでも、本当にありがたいことに僕の背中を押してくれた人は何人もいたのだ。

 投資家、そして、どこの馬の骨とも知れない日本人に貴重な時間と能力を提供し、会社が軌道に乗る前からついてきてくれた優秀なスタッフ。とりわけ僕は、将来に対して何の保証もない状況で決断してくれたスタッフに、もう感謝しきれないほど感謝している。僕のはじめたことが成功する確率なんて、気が遠くなるほど低い数字だったに違いないのだから。それでも、彼らは一度きりの貴重な人生を僕の夢に賭けてくれた。

 それには、常に全力で仕事に没頭している僕の姿、自信たっぷりの姿に説得力があったという点も重要だったろうが、加えて、夢を持つ人――とりわけ世界を変えるような夢を抱いている人――を歓迎する土壌が社会全体にあった点も無視できない。

 新しいことをやろうとしている人の傍にいるのは楽しいものだ。なかにはそう思わない人もいるだろうけれど、僕の知る限り、相対的にアメリカにはそう思う人が多い。誰しもが生まれた時から、自分のアイデンティティーを確立するために人と違うことをするよう期待されているし、だからこそ、一生をかけて自分が人と違う貴重な存在であることを証明しようとする。

 もちろん、そういう社会の風土をしんどいと感じている人もたくさんいるだろう。でも、生まれつき人と違ったことをするのが大好きな僕には合っていたと思うし、イノベーションを起こすには好条件に違いない。そして、現にそういうアメリカの風土を目指して世界中からイノベーターが集まってきている。