株式レポート
8月7日 18時0分
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真に価値のある情報とは何か - 広木隆「ストラテジーレポート」

花を与えるのが自然であり、それを編んで花輪にするのが芸術である。 - ゲーテ

客商売にクレームはつきもの

「客商売」という言葉を辞書で引くと、「客の相手やもてなしが中心となる商売。旅館・飲食店など。接客業。水商売」とある(出所:「大辞林」)。およそ客の相手やもてなしが必要のない商売はないと思うから、世の中の商売は遍く「客商売」だろう。そう言っては言い過ぎかもしれないが、少なくとも「客商売」という意識をもって臨まないと、どんな仕事もうまくはいかないと思う。

ストラテジストの仕事など、まさしく「客商売」そのものだと思っている。だから、客商売の基本はしっかり押さえているつもりだ。客商売の基本とは何か?笑顔を絶やさない、誠実な対応、正直であること、感謝の気持ちを常に持つ、礼儀正しい挨拶、etc。それらを肝に銘じて働いていても、客商売にクレームはつきものだ。理不尽なクレームをつけられた場合の対処は?寛容な心で受け流す、お客様は神様だから何を言われても耐える、とにかく謝る、etc. – どれも正解だろう。お客様に言い返す – なんてことはあってはならない。

客商売の最たるものと言えばホテルマン。昔からニューヨークのホテルに伝わる逸話がある。ベテラン・ホテルマンが新米のベルボーイに言った。「お客がポールモールを買って来い、といったら黙ってペルメルを買ってくればいいんだ」。Paul Mall (ポールモール)は有名なタバコのブランド。ちなみに「ルパン三世」の次元大介もこの銘柄を吸っている。「ポールモール」は田舎者の発音で、通称は「ペルメル」という。「お客様、それはペルメルのことですか?」なんて聞き返してはいけない。つまらない指摘なんかしないで、黙って受け流せということだ。

客商売にクレームはつきもので、ストラテジストの仕事も客商売だから、やはり、筆者のところにもいろんなクレームがくる。先日の推奨銘柄に対しても、こういうクレームをいただいた。

「これでは個人投資家をバカにしているとしか思えません。ニコンが稼げていることも、ソフトバンクが好調で買われていることも、不動産に資金が流れ始めていることも、皆が知っていることです。日経に載ってますから。いつか日経をリバースインディケータだとこき下ろしていませんでしたか。その日経の後追いをすることがプロの仕事といえますか。自身の存在意義をもう一度お考えになってはいかがですか。」

「日経新聞に書いてあるくらいの、誰でも知っていること」を材料にするな、というご指摘である。そんなものに情報としての価値はない、ということなのだろう。では、お尋ねしたいが – 客商売でこんな言い方していいか分からないけど – 価値のある情報って何だろう。新聞にも、どこにも載ってなくて、本当に価値のある情報って何ですか?仮に、百歩譲ってそんなものがあったとして、誰でも無料で読める、インターネットで公開されているレポートに、「本当に価値のある情報」が記載されていると期待するほうがおかしいではないか。

前段で「仮に、百歩譲ってそんなものがあったとして」と述べたが、一歩も譲らなければ - 客商売でこんな言い方していいか分からないけど – そんなものはないのである。

本当に価値のある情報とは何だろう。革新的な技術を開発した?マネジメント能力のあるトップが交代した?もっと直裁的に、経常利益が倍増?上場企業であれば、株価に重大な影響を及ぼすと考えられる情報の公表は、厳格に管理されるのは言うまでもない。インサイダー情報に当たるからだ。公表されるときには、一瞬で株価に織り込まれてしまうし、また、そのような伝達の仕方をしなければ企業側がフェアディスクロージャーの不備を糾弾されることになる。

すごくシンプルに言って、株式投資における「本当に価値のある情報」とは株価を動かす情報のみである。革新的な技術開発も、マネジメント能力のあるトップの交代も、経常利益が倍増したって、株価に直結しなければ、それらは価値がある情報ではないことになる。

今、A社の株式が1,000円で取引されているとしよう。そして、A社の株価が2,000円になるという情報 – 株価を倍に動かすのだから「真に価値のある情報」だ – を知っている一部のひとたちがいるとしよう。「ウォール街のランダム・ウォーカー」の著者、バートン・マルキール先生によれば、「明日、株価が倍になることが分かっているひとびとがいるなら、その株価は、明日ではなく、今日、ただ今倍になっているはずである。」

株式市場には非常に多くの参加者がおり、あらゆる情報が瞬時に株価に反映される。ニコンが稼いでいることも、ソフトバンクが業績好調で買われていることも、不動産に資金が流れ始めていることも、みんな新聞に載る前から知っている。そして、今日市場でついている株価には、それが織り込まれている。

ストラテジストの仕事は、誰もまだ知り得ていない「早耳情報」や、注目度の低い、でも大化けしそうな「お宝株情報」を伝えるものではない。前回のレポートでもレビューしたが、市場の材料の織り込み度合いやアップサイド/ダウンサイドに関するポテンシャルの非対称性を見つけて、それを利用する方法など、いわゆる「相場の張り方」「賭け方」などのアイデアを提供するのが、職務の一つだと考えている。また、投資に関するコンセプトや投資理論などから導かれる市場というものの考え方を語ることも大切な情報提供のひとつだろう。その意味で今回は「市場の効率性」というものについて書かせていただいた。

前掲のフィードバックを下さった方におかれては、お気を悪くされたかもしれないが、どうかご容赦下さい。「市場の効率性」を語るのに、ちょうどよい材料を提供してくれたと思い、ネタに使わせていただきました。

ニコンの例で言えば、「デジタル一眼レフ好調で業績がよい」だから「買い」だとは論じていない。それは誰もが分かっていること。それにもかかわらず、業績へのインパクトが限定的と思われる半導体露光装置の材料で売られて「株価が下げているここは買い場」であると述べたのだ。「業績がいい」という情報は所与のもの。情報そのもので勝負はしていない。株価の反応に投資機会を見出したのである。

株式投資においては銘柄選択が重要であることは言を俟(ま)たない。しかし、「何を買うか」も大事だが、「いつ買うか」「どういう状況になったら買うか」という投資タイミングがより重要である。

CAPMと市場の効率性

CAPM(Capital Asset Pricing Model 資本資産評価モデル)と市場の効率性(効率的市場仮説)は切っても切れない縁がある。

CAPMの主張はこうだ。「いかなる銘柄のリターン、いかなるポートフォリオのリターンも、市場に関係する部分とそうでない残りの部分(レジデュアル)に分けられるが、レジデュアル部分の期待値はゼロである。」 - つまり、市場リスク以外のリスクをとっても報われない、というのである。投資家はポートフォリオの銘柄分散を図ることで、レジデュアル(残余)・リスクを低減させることが可能だが、最終的には市場リスクが下限となる。それ以上、銘柄分散を図っても低減させることができない市場リスクをシステマティック(組織的)・リスクという。CAPMの主張は、ポートフォリオの期待超過リターンは、市場の期待リターンとポートフォリオのベータだけで完全に決まるというものだ。ベータとは、簡単に言えば、個別銘柄やポートフォリオのリターンと、市場全体のリターンとの相関関係を表したものと言える。

筆者がアクティブ運用のバイブルと仰ぐ書籍は、リチャード・グリノルド/ロナルド・カーン著「アクティブ・ポートフォリオ・マネジメント」である。同書はCAPMの解説から始まる。

「本章はあくまでCAPMの解説であって、CAPMの擁護ではない。アクティブ運用をあやしい企てであるとする理論の擁護など、この本としてはとてもできない。このCAPMの解説には2つの目的がある。第1に、アクティブ・マネージャーとして成功することは簡単ではないので、謙虚でありたいこと。第2に、本来CAPM研究のために発展してきた分析手法の多くが、計量的なアクティブ運用へ転用できるということを確認するためである。」

機関投資家の運用の世界でスタンダードとなっているリスク・モデルBARRA創設の功労者でありファイナンス研究の第一人者であるグリノルド/カーンという偉大な人物をもってして「アクティブ・マネージャーとして成功することは簡単ではないので、謙虚でありたい」と言わしめている。CAPMの有効性、あるいは市場の効率性を測る実証研究はこれまで数多くなされてきたが、その多くが二人の言葉を裏付けるかのような結果を示している。

タイムリーなことに昨日筆者のもとに届いた証券アナリストジャーナル8月号に掲載されている「日本株アクティブ・ファンドのパフォーマンス」(駒井隼人/岡修平)という論文が、最新の検証結果を提示してくれている。彼らは2000年以降、日本株でアクティブ運用を行う投資信託のパフォーマンスを相場下落期(Ⅰ期)、相場上昇期(Ⅱ期)、相場混乱期(Ⅲ期)の三つに分けて調べた。それらのアクティブ・ファンドがどれだけ市場に勝っているかを示すアルファ(超過リターン)を推定したところ、ファンド全体の平均がプラスだった(つまりアルファを稼げた)のは相場上昇期のみであった。しかも、そのアルファを分散化犠牲プレミアムと銘柄選択プレミアムに分解すると銘柄選択プレミアムがマイナスであったという。アクティブ・マネージャーにとってアルファを稼ぎやすい上昇相場においても銘柄選択効果は逆にパフォーマンスの足を引っ張ったという。

さらに驚くのは、その上昇相場でアルファを稼いだファンドは168本中92本(55%)しかなかった。アルファを計測したのはシングル・ファクター・モデルによるということだから、計測には誤差が含まれる。統計的に有意と思われる信頼基準を5%として、そのもとで「有意に」 - 統計的に確かと言える水準で – アルファを稼いだのはわずかに8本だった。また、分析期間Ⅰ期とⅡ期、Ⅱ期とⅢ期の2期間を通じてアルファを稼いだファンドは1本だった。全期間を通じてアルファを稼いだファンドは皆無であったという。

別のフィードバックでも異口同音に「プロならでは、の銘柄を期待したのに、素人と同じではないか」という指摘があったが、運用のプロが行う銘柄選択もさしたる効果を挙げていないのが実態である。

これらの分析をもとに駒井/岡はこう結論付ける。

  1. 日本の株式市場はかなり効率的である。
  2. 長期的に有意にアルファを稼ぐファンドは存在しにくい。よってアクティブ運用に魅力があるとすれば短期的なプラスαの獲得。
  3. 日本株ファンドでの長期投資を考えるならインデックス・ファンド、特にETFがよいのではないか。


この最後の指摘はCAPMの主張に一致する。市場リスク以外のリスクをとっても報われないとするなら、その意味するところはパッシブ運用、インデックス・ファンドを持つことである。ところがグリノルド/カーンはあくまでアクティブ運用に拘る。それはどうしてか?

マーケットと違うポートフォリオを持つ投資家は、プラスのレジデュアル・リターンを期待していることになるが、それは反対側に「マイナスのレジデュアル・リターン」となる投資家の存在を暗に想定していることになる。もしも、自分が優位な情報を持っていないと思う投資家は市場ポートフォリオを持つだろう。グリノルドとカーンは言う。「もしもあなたが”greater fool”(ひとより愚か)であり、それを自覚しているなら、ゲームに加わらないことで自分を守ることができる」と。

そして彼らはCAPMの帰結であるパッシブ運用には与しないという。なぜなら、この理論は、自分が”greater fool”だと認めたい人間はまれであるという、基本的な人間の性質と相容れないからだ。

効率的な市場でいかに戦うか

前項で、CAPMと市場の効率性は切っても切れない縁があると述べたが、CAPMは多くの厳しい仮定を要求するので、CAPMが成立する、とは容易には言えない。しかし、市場がかなり効率的である、とは言えるし、事実、駒井/岡論文の結論はそうであった。市場が効率的であるというのは、すべての情報が証券価格に瞬時に反映されて、テクニカル分析やファンダメンタルズ分析などをもってしても、市場を上回るリターン(すなわちアルファ)を獲得することはできない、とする理論である(最も強い仮定はインサイダー情報をもってもアルファは稼げないとするものである。)。

そうであるなら、やはり結論はインデックス・ファンドか?となりそうだが、そうではない。その理由は、機関投資家の運用と個人投資家のそれは、そもそもゲームが違うということだ。機関投資家はフル・インベストメントでマーケット・タイミングをとらず、銘柄選択などで市場と乖離したポートフォリオを構築し、市場を上回るリターン、すなわちアルファの獲得が主目的である。それに対して個人投資家は絶対リターン志向。市場のリターンとの勝ち負けは関係ない。つまり、いくら市場が効率的だろうと個人の運用成果には関係がないのである。

但し、ひとつだけ重要なポイントがある。情報はすでに株価に織り込まれているということである。この点だけは市場の効率性ということを強く意識したほうがいい。つまり情報収集の「速度」を競っても無駄であるということだ。もっと言えば「情報」そのものには価値はなく、その情報の「使い方」「解釈の仕方」から導かれる「ポジションの取り方」が重要である。それは「見方の違い」と言ってもよい。同じものを見ていても、ひとによって見え方、映り方が違う。好業績なのに売られる銘柄がある。誰もが好業績であるということは知っているが、投資行動は違う。そこに収益機会が生まれると考える。

もう少し別な言い方で、効率的な市場というものを表現すると、市場における証券価格の振る舞い方はランダムである、とするものがある。市場が完全に効率的ならば、すべての情報は現在の価格に反映されていて、次に価格が動くのはまったく新しい情報によってのみである。つまり既知の情報は – チャートであれファンダメンタルズであれ – まったく役に立たず、未知の情報のみが価格変動のドライバーである。そして「未知」のことは「未知」であるがゆえに – 超能力者でもない限りは – 予測不可能である。

この点については、また別の機会に掘り下げた議論をしたいと考えている。筆者は、市場の効率性やランダム性について、相当程度、信を置いているが、その一方でアクティブ運用による利益獲得についても十分チャンスがあると思っている。その良い例が、筆者の相場の見方や推奨銘柄に対するネガティブなフィードバックが寄せられることである。つまり、筆者は自分の見方にプラスのレジデュアル・リターンを期待しているわけだが、その反対側にそのポジションが「マイナスのレジデュアル・リターン」になると考える投資家がいるということである。こうした投資家間の思惑の違いによりアルファの獲得可能性はゼロではないと言える。相場全体がゼロサム・ゲームであったとしても、だ。グリノルドとカーンに言わせれば、CAPMの信奉者がアクティブ・マネージャーになるためには、二重人格者、または非常にシニカルな人間でなければいけないそうだ。筆者はそのどちらにも当てはまらないので、CAPM信奉をやめるか、アクティブ・マネージャーになるのを諦めるかのどちらかを選ぶほかはなさそうである。

客の相手やもてなしが必要のない商売はないから、世の中の商売は遍く「客商売」だろう、と述べたが、そうではない「客商売」があった。 - 「剣客商売」。いや、これは「剣客(けんかく)・商売」だ。剣と人生の達人秋山小兵衛と息子の大治郎の活躍を江戸の市井の暮らしぶりや人情の中に描く池波正太郎の傑作。淡々とした語り口だが、侍が官僚化した田沼意次の時代に、あえて剣の世界に生きる父子の姿に厳しい一面が覗く。 - 剣客は勝ち残り生き残るたびに、人の恨みを背負わねばならぬ宿命 – 市場がゼロサム・ゲームで自分の利益は誰かの損失だとしたら、真のアクティブ・マネージャーと剣客父子の生き方はどこか重なるようにも見える。自分にはとても追求できない道だが、せめて、レポートの切れ味だけは、鋭く磨いておきたいものだ。


(チーフ・ストラテジスト 広木 隆)

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