アトピーは、かゆい。とにかくかゆい。かいてはいけないとわかっているのにかいてしまい、症状が悪化していく。その自己嫌悪こそ、アトピー患者の苦しみの1つだ。

アトピーは、大人だけの病気ではない。小学生の10%がアトピーに罹患しているというデータもある。小児皮膚科はいつも混んでいる。子どもが自分の肌をかきむしっていると、親としてはいたたまれない気分になる。なんとかやめさせようと思うのが親心だ。でも、やめさせられない。どうすればいいのだろうか。

本記事では、新刊『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』の著者であり、京都大学医学部特定准教授・皮膚科専門医の大塚篤司氏が、専門家として、そして自分自身が「ある病気」にかかっていた経験を踏まえて、親が子どもにできる「工夫」をお伝えする。(構成:編集部/今野良介)

アトピーの子をもつ親が悩むこと

最初に、少しだけぼく自身の話をさせてください。

かつて、ぼくには「抜毛症」がありました。髪の毛を抜くクセです。医学部受験のときに、ストレスのあまり発症しました。ある時期は左の前髪部分がハゲるほど抜いてしまい、髪型を変えて隠していました。とても辛かったですが、どうしても医者になりたかったのです。

もう少し時間をさかのぼると、ぼくは物心ついた頃から小児喘息でした。季節の変わり目になると毎日のように喘息の発作が起きて、特に秋口に差し掛かると、毎晩喘息の発作で眠れない日が続きました。喘息の発作はとても苦しいのですが、物心ついたころから発作があったぼくにとっては、「発作で苦しいのが当たり前」という感覚でした。ぼくは喘息の発作がそれほど気にならない子どもで、「ぜーぜー」「ひゅーひゅー」と発作が起きると、その変な呼吸音で遊んでしまうことすらありました。

小さなお子さんのアトピー患者さんを見ていると、自分と同じように感じることがあります。親がとても心配している一方で、本人はケロッとしているのです。あまりにも長い間アトピーのかゆみと付き合ってきた人にとっては、かゆい状態が当たり前になっているのではないでしょうか。

小学校高学年くらいになれば、自分で薬を塗ることもできます。でも、そう思って親が薬を塗らずに放っておくと、アトピーはどんどん悪化していきます。親が見かねて薬を塗ることになるのですが、当の本人は他人事のように生活を送っている。親に甘えている部分もあるかもしれませんが、本人はどうやらアトピーの悪化に苦しんでいないようにも見える。

ぼくの喘息は、大人になる頃にはすっかり改善しました。しかし、喘息がぶり返した高校時代は反抗期真っ只中で、親に当たり散らしていました。「喘息になったのはあなたのせいだ」と母親を罵り、泣かせた記憶があります。その前後、ぼくは「アレルギーが起きるのは親の教育のせいである」という本を読んでいました。いわゆる、毒親の影響でアレルギーが発症してしまうという根拠のない仮説です。ぼくは、その仮説を武器に親を意図的に傷つけた。なんとも卑怯なことをした。喘息の発作が起きたとき、一晩中寝ないで背中を擦ってくれた母には、今でも感謝しているのに。

もし、あなたがアトピーのお子さんを持ち、苦しんでいるのなら、どうか自分を責めないでください。もしかしたら、子どもの頃のぼくのように、お子さんがあなたを責めるかもしれない。でも思春期が過ぎ、大人になれば、両親が注いでくれた愛情に気がつきます。どうか、子どもの皮膚ではなく、心を見て育ててほしいと思います。

「そんなこと、言われなくてもわかってる」

子どもがぼりぼりと爪を立ててかきむしっている姿を、黙って見過ごせない気持ちはよくわかります。つい「かいちゃダメ!」と言いたくなる。ぼくも抜毛症だった頃、いろいろな人に「抜いちゃダメ」と叱られました。

ただ、こちらの意見を言わせてもらえば「そんなことはわかってる」のです。抜いちゃダメなのは十分承知の上で「抜いちゃってる」のです。事実、叱られてもケンカになるだけで、髪を抜くクセは治りませんでした。

かきグセもまったく同じだと思います。本人はかいちゃだめなことは十分にわかっていて、それでもかいてしまっている。「かいちゃダメ」と叱るのは本人を追い詰めるだけで、ケンカになることはあっても、決してかいてしまうクセは治らないでしょう。もし無意識にかいていたとしたら、「今かいてたよ」と気づかせてあげるだけで十分です。

皮膚科専門医から、アトピーの子をもつ親へ。<br />どうか「かいちゃダメ!」って言わないで。かいちゃダメなのはわかってる。でもかいてしまう。だからツラい Photo: Adobe Stock

さて、ぼくが抜毛症になった時、「このクセをどうしても直したい」と誓って取り組んだことがあります。これは、アトピー患者さんによくみられる「かきグセ」にも応用できる部分があるので、いくつか紹介します。

「他の癖に置き換える」という方法

理論上、両手がふさがっていれば、手でかくことはできません。ぼくの抜毛症であれば、両手がふさがった状態で髪を抜くことはできません。そこでぼくは、意図的に両手がふさがるようなクセに置き換える訓練をしました。

なかなか理解してもらえないかもしれませんが、実は、髪を抜くことはとてもが気持ちいいのです。抜ける瞬間が気持ちいい。しかし、抜いてしまった髪を眺めると後悔が押し寄せる。アトピー患者さんのかき癖も同じではないでしょうか。かいてはいけないことはわかっている。でも、かゆい部分をかくのは気持ちがいい。アトピーでなくても、かゆいときはかけば気持ちがいいでしょう。「もうどうにでもなれ」くらいの感覚でかいてしまう瞬間があって、一段落すると後悔してしまう。でも、血が出るまでかきむしってしまうのは、やっぱりよくない。どうするか。

ぼくは、抜毛症を治す手段としてペン回しを練習しました。両手で回すとちょっとしたサーカスみたいになります。髪の毛を抜きたくなったら、ひたすらペン回しをする。おかげでぼくは今、何パターンかのペン回しができます。

もちろん、ペン回しである必要はありません。たとえば、さわり心地のいいビーズクッションを手元に置くという手もある。ぷにぷにした感覚が気持ちいいスクイーズのようなおもちゃでもいいでしょう。ビニールのプチプチが永遠に楽しめるおもちゃもある。かくことより気持ちがよくて熱中できる、皮膚に害のない手クセに置き換えればいいのです。

小さなお子さんの場合なら、かき始めたら、その子の両手をもって踊り始めるのがおすすめです。ミュージカルのように踊って歌って、バカバカしいくらい大げさにやると、大人も楽しくなります。子どもとのスキンシップにもつながるし、「かいちゃダメ」と叱って傷つけて暗い雰囲気になってしまうより、親子で大笑いしながら歌って踊るほうがよっぽどよいと思います。

「最悪の状態を避ければOK」と考える

そもそも、なぜ患部をかいてはいけないのでしょうか。かきむしってしまうことが引き起こす最悪の状態は、皮膚が傷だらけになって、そこからばい菌が入ってしまうことです。皮膚に傷があると、細菌感染だけでなくウイルスも感染します。ヘルペスウイルスが感染した「カポジ水痘様発疹症」という病気もあります。感染を起こせば熱が出るし、細菌が全身にまわると入院が必要になります。目の周りをかきむしると、その刺激で白内障のリスクが上がります。

ぼくの抜毛症で言えば、毛を抜きすぎてハゲてしまうことが最悪の事態でした。ペン回しのおかげで毛を抜く頻度は減ったものの、完璧に治ったわけではありませんでした。

そこで、「髪を触るのはOK」と決めました。「抜かずに触る」「髪の毛の根っこをいじるだけ」なら可。もちろん抜いてしまうときもあるけど、「触るだけならいい」とするとストレスを感じない。「抜いちゃダメ」と自分に言い聞かせていると、精神的に苦しくなります。少しハードルを下げて自分を許してあげて、ほどほどでいるほうが、少なくともぼくの場合はラクでした。

かき癖に関しても、「指の腹でかくのはOKとする」など、「最悪の状態を避けるための妥協案」を採用してはどうでしょうか。その代わり、爪はこまめに切る、時間があるときはやすりもかけるなど、かいてしまっても傷つきにくいように親が備えておくことはできます。

お子さんのひっかきグセには、「お父さんお母さんが代わりにかいてあげる」というのも一つの方法です。親が子どもの代わりに指の腹でかけば、子ども自らひっかくより被害は少なくてすむでしょう。