アルバム「Junction」(日本フォノグラム、1994)に収録された「命をあげよう」は、本田美奈子さんが生涯に1000回は歌ったであろう「ミス・サイゴン」の代表的なナンバーである。「Junction」版は、ポップスと声楽の声質を往復する実験的な歌曲となっている。また、「Music Fair」(フジテレビ)では、「ミス・サイゴン」公演中(92年)にスタジオで鮮烈な「命をあげよう」を歌った。今回は「命をあげよう」の分析と、「Music Fair」プロデューサー石田弘さんが語る「本田美奈子さんとの17年間」。

「Junction」版「命をあげよう」の構造

「Music Fair」へ17年間に23回招き、<br />多彩な歌唱を生んだ石田弘プロデューサー「ミス・サイゴン」で「命をあげよう」(A.ブーブリル作詞、岩谷時子訳詞、C.M.シェーンベルク作曲)を歌う本田美奈子さん(1992年、帝国劇場)
写真=東宝演劇部提供

 本田さんが残した「命をあげよう」の録音は4種類ある。録音順で①東宝のスタジオ録音盤(ハイライト、1992)、②東宝の帝劇ライブ盤(全曲、1992)、③「Junction」版(1994)、④遺作となった日本コロムビア盤(「心を込めて」2006)である。

「Junction」版「命をあげよう」だけが原調より長2度高いキー(調性)でアレンジされている。ほかの3点はいずれも原調どおりで小節数もまったく同じだ。

 高杉敬二さんによると、「Junction」のプロデューサー渋谷森久さん(連載第8回参照)が、「美奈子のいちばんきれいな声で録音しよう」と、キーを上げたのだという。

 編曲した宮川彬良さん(1961-)は、キーを上げるだけでなく、器楽だけの間奏を2ヵ所に挿入し、原曲とは少し印象の違う歌曲として再構築している。本田さんはミュージカル風の歌いあげる地声(胸声)とソプラノ風の裏声(頭声)をフレーズごとに切り替え、両者の歌唱法を融合するために実験しているように聴こえる。

オリジナル(原曲)「命をあげよう」の構成

①前奏…4小節(ト短調、Gm)
②主題…8小節〈歌の開始〉「抱いてあやした子よ~」
③主題(リピート)…8小節「生まれたくないのに~」
④展開部(A)…7小節(ハ短調、Cm)〈次第に高揚〉「恐れを越えた恋~」
⑤展開部(B)…3小節(変イ長調、A♭→G7)〈いったん収める〉
 「あげよう私に無いもの~」
⑥展開部(C)…18小節(ニ短調、Dm)〈再び高揚、劇的〉
 「神の心のまま~」
⑦再現・終結部…12小節(ホ短調、Em)〈主題を再現して終結〉
 「神の心のまま~」

 ほぼ楽節ごとに転調し、最後の⑦でキーはいちばん高くなる。①の最低音ト(low G、ソ)に対して⑦の最高音は二点ホ(hi E、ミ)だから、2オクターブに短3度狭いくらいだ。かなり広い音域を地声で歌う。後奏は省略。