人間には三つの事件しか起こらない。
生まれること、生きること、死ぬことである。
――ジャン・ド・ラ・ブリュイエールの『人さまざま』より

 

 私には娘がいた。過去形だけどね。

 どうやら私が根性なしで、似た者夫婦というのか、家内にも根性がないものだから親の悪いところだけを受け継いで、娘にも根性がなかったようだ。娘には、生きる力がなかった。より正しく言うなら、生まれてくる力がなかった。

 私が部屋で仕事をしていると……、そのころの私は人生で初めてと言ってもいいくらいの多忙な毎日で、とにかく〆切に追われていた。多いときで週に四本もの〆切があり、書いても書いても終わらない無限地獄を彷徨っていた感がある。

 帰宅した家内はいきなり私の部屋にやってきて、そのとき、満面の笑みを浮かべると、あ、お父さんになる人見~っけ、と言って私を指さした。

「何を言ってるんだ、きみは。起きているときに寝言を言うと不気味だぞ」
 「これだから鈍感な男って嫌。だから――」

 と家内は経緯を説明する。どうもおかしいと思っていたらしいが、感じるものがあって、検査を受けてみたら案の定だったと言う。

 うふふ、と家内は笑う。あんなふうに、幸せそうに笑う家内を見たのは初めてで、私はちょっとシャクだった。プロポーズをしたとき、はにかんだような、でも、戸惑いと喜びが入り交じって、いまにも泣き出しそうな柔らかい微笑みがいちばん幸せそうに見えたのに、やっぱり、女ってのは母親になるときがいちばん幸せそうに笑うのかな。

 なんて思いながら、私は家内の誇らしげな笑い顔を見ていた。

 あのときの私は有頂天で、毎回のように家内の検査に同行し、まだ性別がわからない段階から、産科の先生に、男ですか女ですか男の子だったら嬉しいけど女の子はもっと嬉しいです、どっちですかとしつこく訊いて呆れられたほどだった。毎晩、家内のお腹に触っては、ほんとにいるのか、全然大きくならないぞと急くような慌て者でもある。