ルビンの壺の隠し絵

「こんなものを買ってきたよ」

 安曇は紙袋から厚手の本を取り出してページをめくり、そこに描かれた奇妙な壺の絵を由紀に見せた。

「何に見えるかな?」

第1章 会計はだまし絵、隠し絵だ(前編)

 どう見ても、白磁の壺だ。それでも、と思い直して壺をじっと見続けた。

 すると、不思議なことに、男女の顔が向き合っている絵柄がしだいに浮き上がってくるではないか。

「これは、ルビンの壺という名の『隠し絵』だ」

 それは、見方によって、壺に見えたり、向かい合う顔に見えたりする不思議な絵だった。

「大切な点は、最初は一方の絵しか見えないが、慣れてくると隠された別の絵が見えてくる、ということだ」

「この『隠し絵』と会計とは、何か関係があるのですか?」

 由紀には理解できない。

決算書(※5)を見るとき、初心者はひとつの見方しかできない。しかし、訓練すると別の姿が見えてくる。つまり、会計も『隠し絵』ということだ」

(ほんとかしら……)

 と、由紀は疑った。もし事実なら会計は面白いかもしれない、とも思った。

「ひとつ例を挙げよう。損益計算書には、目盛りつきの寒暖計が隠されている」

「寒暖計ですか……?」

 あまりに突飛な話に、由紀は返す言葉がなかった。

(※5)決算書……決算書の種類には、法律で決められたものから会社が経営管理のために任意で作成するものまで数多くあります。会社の業績を公開する際に作成される代表的な決算書は、バランスシート、損益計算書、キャッシュフロー計算書です。
  バランスシートは貸借対照表とも言って、会社が一時点(決算日)において保有する資産、負債、純資産を記載したものです。損益計算書は、一定期間の収益(売上)と、それを得るために要した費用を示して、その期間における利益(損失)を表した計算書です。キャッシュフロー計算書は一定期間における現金(現金及び現金同等物)の増減と残高を示して、その期間における資金の流れを表した計算書です。