とばっちりを食ったヘッドハンター

 じつはこの分割払いの仕組みが、ヘッドハンティング会社を窮地に陥れた。トレーダーはとにかく会社に残ろうとするし(未払いのボーナスを取り返さなければいけない)、このトレーダーを引き抜くには通常の条件にプラスして3500万円も余分に保証しなければいけないことになる(転職すると残っている分割払いのボーナスが消滅する)。よって、外資系投資銀行間のジョブマーケットの流動性が著しく低下した。ヘッドハンターは、他社に移籍させると、基本給の3ヵ月分ほど(基本給が2000万円だと500万円)を抜く。

 1年で20人も動かせば1億円も売上ができるので、バブルの頃はトレーダーより稼いでいるヘッドハンターはちらほらいた。こうしたヘッドハンターは、ボーナスの分割払いによって廃業に追い込まれていったのだ。

 基本給の引き上げと、過去のボーナスのスライスが毎年毎年重なりあって支払われる状況は、伝統的な日本企業と同様の年功賃金そのものになった(たとえば、2012年の給料として、2012年のボーナスがゼロでも、2008年、2009年、2010年、2011年の各年のボーナスの5分の1のスライスが支払われる)。また、これは会社から見れば契約上必ず支払わなければいけないもので、以前の薄い基本給と変動幅の大きいボーナスという組み合わせのときと比べて、人件費を会社の業績に合わせて変動させる自由を大幅に奪い取り、経営を非常に不安定なものとした。

世界で初めて結成された
ゴールドマン・サックスの労働組合

 こうした過去に約束したベテラン社員の報酬の支払いのために、新人の報酬水準は低いまま据え置かれることになった。これはまさに伝統的な日本の会社とまったく同じ構造である。そして現在のように外資系投資銀行を取り巻く経済環境がますます厳しくなるなか、耐え切れなくなり苦し紛れのリストラを断行せざるを得なくなったのだ。

 新人の給料が安く抑えられるようになったこと、転職市場の流動性がなくなったこと、長く居続けないと報酬を取りはぐれること、に関しては日本化したが、激しいリストラに関しては幸いなことに以前の「外資」のままであった。しかし最近、ゴールドマン・サックスの東京オフィスで同社初の労働組合が結成されるなど、激しいリストラのほうに関しても、社員が団結して対抗しはじめたようだ。
  ゴールドマンの社員よ、団結せよ。

 マクロ経済にしても、雇用慣習にしても、日本は世界より10年も先を走っていたのかもしれない。世界が日本に追いついてきたのだ。

 <最終回は明日9月28日に公開予定です。>


◆ダイヤモンド社書籍編集部からのお知らせ◆

外資系投資銀行の「日本化」

『外資系金融の終わり―年収5000万円トレーダーの悩ましき日々』
好評発売中!

世界同時金融危機からユーロ危機に至る最近のマクロ経済の重要なトピックの解説を縦糸に、そして激変する金融業界の赤裸々な内幕――人事制度、報酬やリストラ、そこで働く人の人となりやキャリアなど――を横糸にして、これからの金融の行方を解説。身も蓋もなく、苦笑せずにはいられない人気ブロガーの筆致が冴えわたる。
ご購入はこちら! [Amazon.co.jp][紀伊國屋書店BookWeb][楽天ブックス]