「アフターコロナで、マーケティングや経営の考え方は変えなければならない」は、本当か?

「アフターコロナで、どんなマーケティング施策をすればいいのか」
「この変化の時期をどう乗り越えればいいのか」
「コロナ後の事業環境はどう変わっているのか」
新型コロナウイルスの蔓延、そしてその影響の長期化によってあらゆる業種のビジネスが影響を受けるなか、上記のような疑問を抱えている人も多いのではないでしょうか。
実際、日本を代表するマーケターである足立光氏(ファミリーマートCMO)と、西口一希氏(Strategy Partners代表取締役、M-Force共同創業者)のもとには、同様の質問が殺到しているといいます。2人は、このたび『アフターコロナのマーケティング戦略 最重要ポイント40』を刊行しましたが、その原動力はそうした質問が殺到することそのものへの危機感でした。曰く、「マーケティングや経営はどう変わるか、という問い自体が間違っている」。いったいどういうことなのでしょうか。そして、だとしたらどのように戦略を立てればいいのでしょうか。同書より、その真意と方策をご紹介しましょう。

「インバウンド」に見る事業計画の“落とし穴”

「アフターコロナで、マーケティングや経営の考え方は変えなければならないのか」

 これに対する私たちの主張は、こうです。

「コロナ前後の変化を比べるのではなく、この変化をきっかけとして、常に起こりつづけているさまざまな社会変化、環境変化によって、何が大きく変化しているかをリアルタイムで考え、常に変化していかなければならない。だから、なんとなく今日は昨日の延長であり、明日は今日の延長であるという前提を立ててビジネスを行っていることそのものを問題視しなければならない。顧客の心理、行動の変化をリアルタイムで感じながら、戦略転換しつづけることが重要だ」

「アフターコロナで、マーケティングや経営の考え方は変えなければならない」は、本当か?足立 光(あだち・ひかる)
株式会社ファミリーマート エグゼクティブ・ディレクター、チーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)
P&Gジャパン株式会社、シュワルツコフ ヘンケル株式会社社長・会長、株式会社ワールド執行役員、日本マクドナルド株式会社、株式会社ナイアンティック シニアディレクター プロダクトマーケティング(APAC)を経て、2020年10月より現職。日本マクドナルド時代は、上級執行役員·マーケティング本部長としてV字回復をけん引し、大いに話題となった

 なぜそう考えるかを述べる前に、まずはビフォーコロナの状況を振り返ってみたいと思います。

 消費税が10%に引き上げられた2019年10月から、日本ではすでに消費マインドが落ち込み、購買活動は停滞気味でした。そこで、多くの企業は、外国人観光客の増加に期待し、インバウンド需要ありきで予算や事業計画を立てていたはずです。オリンピックも控えた2020年という年を考えると、とても自然なことだと言えるでしょう。ところが、感染爆発の懸念により、オリンピックも延期となり、海外との往来そのものがストップしてしまいました。江戸時代以来の「鎖国」状態になってしまったのです。この環境の激変で、売上がまったく立たなくなって苦しんでいる企業は多いと思います。

 ひるがえって、4〜5年前を考えてみてください。インバウンドなど一過性にすぎないから頼ってはいけない、やはり国内需要を押し上げなくてはならない、という論調が主流だったように記憶しています。それが、ごく短期間のうちに、当然のようにインバウンドを前提として事業計画を立てるように変化していたわけです。これは日々、目の前の仕事をこなしている分には連続的な変化に見えていたかもしれませんが、それぞれの時期での論調を切り取って比較すると、実はかなり大きな変化と言えます。

 今回のコロナでは、いろいろな行動変化がコロナをきっかけに突然起こったように見えたかもしれません。しかし、実は以前からずっと起こっていた変化が加速しただけ、という考え方もできるのです。

「コロナで外出しなくなった」は本当か?

「アフターコロナで、マーケティングや経営の考え方は変えなければならない」は、本当か?西口一希(にしぐち・かずき)
株式会社Strategy Partners代表取締役、M-Force株式会社共同創業者
P&Gで数々のブランドのブランドマネージャー、マーケティングディレクターを歴任した後、ロート製薬執行役員マーケティング本部長、ロクシタンジャポン代表取締役、スマートニュース社マーケティング担当 執行役員を経て現職。スマートニュースを、アプリの累計ダウンロード数5000万、月間使用者数2000万人、企業評価金額が10億ドル(約1000億円)を超えるユニコーン企業へと導いた

 たとえば、リアルの店舗を展開してきたアパレル企業などは、閉店や倒産に追い込まれるなど、大変な苦戦をしていますが、もともとこの10年で若い人たちは店舗よりもEC(電子商取引)で服を買うようになっていましたし、そもそも服自体をあまり買わなくなった(レンタルなどを利用)という変化は、しばらく前から起こってきました。2000年代以降のスタートアップやテック企業の勃興も相まって、カジュアルな服装で仕事をするのが当たり前という企業が増えたことで、そもそも服に対するこだわりや支出が減少していた、という変化も起こっていました。

 また、国土交通省が5年ごとに公表している「都市における人の動きとその変化」というデータを見ると、1987年の平日の外出率は86.3%、それが2015年には80%に減っています。1日の移動回数も1987年は2.63回でしたが、2015年は2.17回。つまり、長期的なトレンドとして、日本人は外出や移動をあまりしなくなっていたのです。

 さらに今回のコロナをきっかけに、消費者の多くは、外出しなくてもそれなりに生きていけることがわかってしまいました。フードデリバリーを利用したり、近所のスーパーに3日に1回ぐらい行ったりすれば、買い出しは十分。ほかの人とのコミュニケーションも、Zoomなどのウェブ会議システムを使ってできてしまう。ひと昔だったら「引きこもり」と言われた生き方ですが、家の中だけでもそれなりに楽しく過ごせる。テクノロジーやサービスの進化とともに、外出や移動をしなくても生活が成立しやすい状況が整っていたのです。

 こうした「外出しない生活」を体験した多くの人は、今回のコロナによって急に変化していたように見えるかもしれません。

 しかし、既存のデータをきちんと時系列で見ていたならば、外出や移動がますます減少していく状況が、自社の経営にどんな影響を与えるかを考え、今後のビジネスをどうするか、自社の製品やサービスを買いつづけてもらうには何をすべきかと、コロナが来るずっと前から検討しておくことは可能でした。

 言い換えると、コロナ禍に関係なく顧客の変化は常に起こりつづけていて、私たち全員がその変化に対応しつづけていかなくてはならない、ということなのです。今回の世界規模で起こっているコロナ禍によって、このマクロな変化が非連続的に起こっているように「見えている」にすぎないのです。

 このことに気づくことのできる例を2つ挙げましょう。コロナ禍が進むなか、米国のスターバックスが多くの店舗を事前にスマホ注文をしてピックアップするタイプへ変更することを発表しましたが、実はピックアップ型のテストは数年前から行っていました。コロナ禍で場当たり的に実行したのではないのです。

 一方で、マクドナルドが米国で店舗閉鎖を進めているとのニュースが出ましたが、これは、同社が2017年に発表した5つの戦略の4つ目と5つ目の実行であって、他の飲食やアパレルのようなパニック的な動きと同じではありません(4つ目は「デジタル」、5つ目は「デリバリー」で、どちらもイートイン、テイクアウト、ドライブスルー、デリバリーにかかわらずマクドナルドの価値を最大化することを狙いとしています)。早晩、収益を大きく向上させることでしょう。

追うべきは、時代ではなく顧客心理の変化

 コロナ禍が示唆するのは、常に進行している変化が、なんらかのイベントが発生することで、一気に加速する可能性があるということです。ビジネスで考えれば、「今後はこうなる」と1つの戦略やシナリオで固定することは重大なリスクであると言えます。ではどうすればよいのでしょう。

 顧客の心理や行動を変えていくと思われる社会変化を常に意識して、その変化に対してのシナリオを考えつづけるしかありません。複数のシナリオをつくっておき、何か起こったらすぐに動けるように準備をしておくしかないのです。

 また、1つの事業や提供方法だけに集中するのではなく、ポートフォリオを組んで複数の対応がとれるように、あるいは、別の方向性に変化してしまっても柔軟に転換できる状態にしておく、ということが、どの企業にも求められています。

 顧客を起点にその変化やニーズをリアルタイムで捉えてマーケティングや経営を変化させていく必要があることは、いつの時代、どんな状況であっても、変わらないのです。