橘玲の日々刻々 2012年10月4日

[橘玲の日々刻々]
海外資産の申告義務化で
"小金持ち"が陥りかねない罠

 いま、プライベートバンク(PB)業界でもっともホットなビジネスは「国外財産調書制度」対策だ。

 
2012年度税制改正で創設された国外財産調書制度は、株や預金、不動産など5000万円相当を超える資産を国外に保有している個人(日本の居住者)に対して、所轄の税務署に調書(財産目録)の提出を義務づけるものだ(制度の適用は13年12月31日時点の財産からで、調書の提出期限は確定申告と同じく翌年3月15日)。

 国外財産調書制度の最大の特徴は、罰則規定があることだ。故意の調書不提出や虚偽記載は、1年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられる(罰則の適用には1年の猶予があり、14年末の国外財産評価分から)。

 政府税制調査会の説明によれば、5000万円という金額は相続税の基礎控除を勘案して決めたという。制度の目的が、海外資産を利用した相続税逃れを封じることなのは明らかだ。

スイスのプライベートバンク神話は崩壊した

 日本は世界のほとんどの主要国と租税条約を締結し、脱税防止のための情報交換の手続きを定めている。さらに、世界金融危機をきっかけにタックスヘイヴン(オフショア)の存在が国際問題になり、09年のG20で「監視リスト」が公表されると、これまで守秘義務を盾に租税情報の提供を拒んでいたスイス、ルクセンブルク、香港、シンガポール、ケイマン諸島などのタックスヘイヴン国が雪崩を打つように(日本を含む)先進諸国との租税条約改定・締結交渉に踏み切った。

 日本も採用するOECDモデルの租税条約では、情報提供の要請を受けた国は、たとえ法律で銀行の守秘義務を定めていても、それを理由に協力を拒むことができない。日本とスイスは11年12月にこのOECDモデルに基づく租税条約改定に合意しているので、いまではスイスの税務当局は、日本から情報提供要請があれば国内の金融機関に顧客情報を照会し、それを提供しなければならない。これによって、スイスのプライベートバンクの「守秘性」神話は完全に崩壊した。

 しかしだからといって、日本の税務当局が自由に海外の金融機関の口座情報にアクセスできるわけではない。

 租税条約に基づく情報提供に際しては、調査対象となる個人・法人を特定するだけでなく、情報を保有・管理している機関(預金などの場合は金融機関)の名称や所在地まで求められる。そのうえで情報提供に正当な理由があることと、その情報が国内調査では入手困難であることを説明して、ようやく相手国の税務当局を動かすことができるのだ。「日本人の口座をすべて開示しろ」とか、「この人物の口座がないか全国の金融機関を調べてほしい」という要請ができないのはいうまでもなく、現実には、情報提供を求めるのは査察部が扱うような重要案件だけ限られるだろう。

 もっとも欧米を中心に先進諸国は「税務行政執行共助条約」を締結していて、税務情報の個別交換だけでなく、自動的または自発的な情報交換も行なっている。日本もこの多国間条約に署名しているから、いまでは別表の33カ国から、各国の国内金融機関を通じて日本人が受け取った利子・配当の金額などが無条件で提供されている(自動的な情報提供の基準はそれぞれの国によって異なる)。こうした情報提供は年間で12万件を超えるとされるが、その一方で多国間の租税条約にタックスヘイヴン国が加盟することはないから、租税回避の抑止には限定的な効果しかない(木村昭二『終身旅行者PT』〈パンローロング〉)。

2012年3月時点の税務行政執行共助条約加盟国

 

 日本国内の金融機関に対しては、税務当局は質問検査権などを用いて顧客情報を提出させることができる。それに対して海外の金融機関は日本の法令に従う義務がないから、たとえ租税条約を締結していてもきわめて限定した情報しか手に入らない。これは税務調査の大きな障害で、税務当局は長年、納税者に海外資産の申告義務を負わせる制度の創設を要望してきたのだ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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