私のゼミにいた
ある留学生の話

 もう10年以上前のことである。私のゼミにいた中国人の留学生が面白いことを言っていた。自分はソニーの製品が大好きだという。その理由を聞くと、彼の貧しい少年時代の思い出が強く影響しているようだ。

 天津で育った彼は、奨学金をもらって東京大学の学生になっていた。おそらく厳しい競争を勝ち抜いて、この奨学金を獲得したのだろう。同世代の中国人のなかでも飛び抜けて優秀で、そして大変な勉強家であった。

 高校生の時代、彼の家はけっして豊かではなかった。当時の中国はいまよりずっと貧しかった。その頃、彼のあこがれがソニーのウォークマンであったという。なんとかウォークマンが欲しいというので、一生懸命にアルバイトをしたようだ。そして長い期間お金を貯めてやっとウォークマンを買ったときの嬉しさは、今でもよく憶えている、そう言っていた。

 そのソニーの製品へのあこがれの気持ちは、今でもずっと残っている。日本に留学してきていろいろな商品を購入する経済力がついてきても、それは変わらない。だから自分はソニーの製品をいろいろ持っている、と笑って言っていた。

 連載第11回で、アジアの中間所得層が急速に増えていると書いた。過去10年で8億人近くの新しい中間所得層・富裕層が生まれ、これから10年でさらに10億人近い増加が見込まれる。重要なことは、これらの人たちが、少し前には貧しかったということだ。

 貧しいから、日本の製品のような商品は高嶺の花だ。あこがれではあっても、買うことはできない。しかし、貧困層を抜け出して中間所得層になれば、そうした商品を購入することが可能になる。貧しい時代にあこがれた分だけ、そうした商品を購入したいという気持ちが強くなる。

 アジアではすでに消費ブームが起きている。そしてそのブームは場所を少しずつ変えながら、今後も続いていくことが期待される。中国の沿岸部から内陸部へ、タイやマレーシアなどの先行新興国からベトナムやインドネシアなどの後発新興国へ、そしてインドのような国でも中間所得層の増加が期待される。