「ねえ。もしボスが代わったら秘書を続けていきたいと思う?」

 何人ものボスに仕えてきたあるベテランの先輩秘書Kが突然そんなことを言い出した。

 (そういえば、そんなこと考えたことなかった)

 すると、配属一年目の新人秘書Yが答える。

 「ボスが誰になるかによります。私はN(取締役)の秘書にはなりたくないです。もしそうなったら、他部署への異動願を出してしまうかもしれません」

 (ええっ? ずいぶんハッキリ言うわね)

 こうして、秘書同士の食事会がはじまった。

 我が社の秘書課にも数人の秘書がいるが、秘書同士が退社後にそろって食事に行くなんて、そうそうできることではない。なぜなら、それぞれ仕えているボスが違うから、タイムスケジュールがまったく異なるのだ。

 基本的にボスのスケジュール次第なので、予測できないことばかり。急な予定変更で外出することになったり、夜遅くに緊急会議が開催されたり、思いがけない出来事が起きて残業……なんて日常茶飯事だ。

 それにM副社長は朝型だから、その秘書はもちろん早朝から出勤して夜は早く帰る。K副社長は夜型で、その秘書の拘束時間は深夜にまで及ぶ。外出の多いS常務の秘書はボスの外出に同行することが多く、常に不在がちだ。私たちは、外出が多いその秘書とは週に2日くらいしか顔を合わせることがない。

 職場では社員たちの出入りも多く、うっかり人のウワサ話もできない。電話もひっきりなしにかかってくるし、来客も多い。当然のことながらボスから呼ばれることもしばしば……そんなわけで、秘書同士で世間話をするタイミングなんて、そうそうないのだ。

 それに、いつ誰が来てもスマートに対応できるようにとムダ口ひとつたたかず、常に緊迫感が漂っている。我が社の秘書課はそんな職場だ。だから秘書課は近づきにくい、なんて言われるのかもしれないけど。

 そんな秘書たちが、全員ではないが集うことができた貴重な食事会。ほかの部署の人たちとは話題にできない、心許せる限られたメンバーでの話はちょっとした息抜きになる。

 そして外で食事をするとき、私たちは会社名や個人名を決して口にしないことを鉄則にしている。どこで誰が聞いているかわからないからだ。

 こうして秘書たちのイニシャルトークがはじまる。

 「どうしてN(取締役)の秘書にはなりたくないの?」と私。

 「だってものすごくエラぶっていて、横柄な感じがするんです。S(社長)に見せる態度と社員に見せる態度が極端に違うじゃないですか。エラそうにしているわりには、イザというときには責任をとらずに、Sに言い訳ばかりしているところも、どうしても尊敬できないんです」と新人秘書Y。