想定内の死に講じられなかった具体策

「シェアハウス業界」では、ユースホステルや外国のゲストハウスで昔からあるように、部屋に2段ベッドを置いて貸し出すタイプを「ドミトリー型」と呼んでいる。増田は、すべての部屋をドミトリー型にし、1つの物件から毎月20万円を超える利益が出るようになると、手元の現金がある限りは、と次々に新しい物件をオープンしていった。

シェアハウスに映る死、夢、そして孤独の今私物が所狭しと詰め込まれるベッド

 そして現在、運営する物件数は13戸にのぼり、住民も100名を超えた。毎週の定例会議とスタッフからの日々の報告は、トラブル対応が8割である。家賃滞納、住民間のモノの貸し借り、近隣からのクレーム……など、さすがに慣れてきていたものの、スタッフからの電話の要件がすぐに思い当たらないときは、常に不安に襲われている。

「また、何か思ってもいないトラブルが起きたんじゃないか」。想定できる限りの最悪の事態を考えれば、火事や暴行、殺人の舞台にすらなり得る。もしそういった事件が発覚したら、シェアハウスの運営者として管理責任を問われ、業務上過失致死等の刑事罰が追及されることも十二分に考えられる。“ブタ箱”行きの可能性はゼロではない。「人並みに大学も卒業して、まじめに事業もやってきたけど、ここで全部終わりだな」などと、大げさな想像を絶えず膨らませていた。

 ただ、そこまでの事態でなくとも、これだけの数の住民を抱える状況である。そろそろ死者が出るのでは、とある程度の予想はしていた。しかし、その場合はどうやって亡くなるのか。場所は物件内部かそれとも周辺なのか、何らかの事件性があるのかないのか、病気なのかケガなのか……そのパターンを考え始めたらきりがない。具体的な対応策も講じておこうと考えたこともあったが、結局は途中で諦めてしまった。

40代・無職男性の入居を受け入れた理由

 末吉は「やばいこと」と言った割に、意外なほど落ち着いた声で話し続けた。

「いや、もう警察呼んでるんです。亡くなったのは佐藤さんです。いつも昼になったら起きてくるはずなのに、起きてこない。リビングにいた住民が様子を見に行ったらもう亡くなっていて……」

 増田は、佐藤が精神系の病を患い、以前から薬を服用していたことは知っていた。少し前の定例会議で、「シェアハウス内で20代の新規入居者が40代の入居者をイジメている」と話題に上ったことがある。そのときにイジメられていたのが佐藤であり、入居時の様子を記録した書類を確認していたのだ。

 入居書類を書いてもらう際、40歳を超えているにもかかわらず、自分は無職のため、初期費用をまとめて支払えないと佐藤は言った。それを聞いた担当者は、入居を断るために「一旦、検討します」と伝えたところ、病気を抱えていること、それによって障害者手帳を持っており社会保障も受けていること、大学の夜間部に通いながら職に就けるよう頑張っていることを語り始め、「トラブルを起こすこともないし、家賃もちゃんと払うからどうにか入居させてくれ」と懇願された。

 増田は、常々、黙って家賃を払ってくれればそれでいいと言っていた。そのため、そのときの担当者は、もし病気が悪化するなどのトラブルが起きたらすぐに退去してもらう旨を一筆書かせて、入居を認めたのだった。