世界中に猛威…歴史上、人類をもっとも殺戮した「感染症」とは?

「こんなに楽しい化学の本は初めて!」という感想が続々寄せられている話題の一冊『世界史は化学でできている』。朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞夕刊、読売新聞夕刊でも次々と紹介され、発売たちまち8万部を突破。『Newton9月号 特集 科学名著図鑑』では「科学の名著100冊」にも選出されたサイエンスエンターテインメントだ。
「世界史を化学の目線で紐解く」となぜこんなにもおもしろいのか。いかに化学が世界を動かしているのか。今、世界中で猛威を奮っている感染症。人類はどのようにその脅威に向き合っていくのか。化学の進歩がどのように世界を塗り替えていくのか。今回は「人類の歴史と感染症」、それに対抗していく化学の技術について、「世界史は化学でできている」の著者・左巻健男先生に詳しく聞いてみました。(取材・構成/イイダテツヤ、撮影/疋田千里)

感染症と世界史

――『世界史は化学でできている』では、感染症の話題もたっぷりと取り上げられています。感染症の話題は、まさに「化学と世界史」というキーワードがぴったりと合致する領域とも言えますね。

左巻健男(以下、左巻) 本当にその通りだと思います。

 新型コロナウイルス感染症が世界中で猛威を奮っているのを見てもわかる通り、感染症によって世界の歴史が大きく動いていくことは間違いありません。

 歴史を紐解いていけばいろんな感染症があるんですが、なかでもマラリアは毎年数十万の人の命を奪っています。死者の93パーセントが熱帯熱マラリアの多いサハラ以南のアフリカに集中していて、そのほとんどが5歳未満の子どもです。

 現在も、マラリアは「世界三大感染症(HIV/AIDS、結核、マラリア)」の一つとして公衆衛生上の大きな脅威となっています。

 そういう意味では、これまでの歴史のなかで一番多く人類を殺戮してきた感染症はマラリアと言えるでしょうね。

 マラリアは主に蚊(ハマダラカ)を媒介として感染していくので、この蚊を駆除することが非常に重要になってきます。そのために使われたのがDDTという薬剤。防除効果が高く、人畜被害が低いと言われていて、安価なのが特徴です。

 DDTが救ったのは5000万人とも、1億人とも推定されるくらいですから、DDTほど世界中の人を救った薬剤はないと表現できるかもしれません。しかし、1962年にアメリカで出版された『沈黙の春』(レイチェル・カーソン)によってDDTを含む合成物質(多くは農薬)の乱用が自然を破壊し、動物や人類にも悪影響を及ぼすことが指摘され、世界的にも大きな話題となりました。

 DDTは安価で殺虫力が高いので、開発された当初は「夢の化学物質」とさえ言われて、積極的に使用されたんです。

 実際、30年の間に300万トン以上のDDTが世界中で散布されたと推定されています。300万トンと言われてもちょっと想像がつかないと思いますが、DDTの白い粉で地球全体の表面がうっすら白くなるくらいの量です。

――そう言われると、すごい量ですね。

左巻 レイチェル・カーソンは『沈黙の春』のなかで、DDTなどの有機塩素系殺虫剤が長期にわたって環境中に残存して、それが生態系に悪影響を及ぼすことを指摘したわけです。

世界中に猛威…歴史上、人類をもっとも殺戮した「感染症」とは?

――『沈黙の春』によって、DDTの使用に関して変化はあったんでしょうか。

左巻 『沈黙の春』で世論が喚起され、DDT、DDD、アルドリン、ディルドリンなどの薬剤は使用が禁止されたり、厳しく制限されるようになりました。より安全で効果的な農薬の開発が目指されるようになりました。

 しかし、それで話がすんなり解決するかと言えば、そういうわけにはいきませんよね。

 実際にマラリアで苦しんでいる国や地域は依然としてあるわけで、どうしたって殺虫効果が高く、安価な薬剤は求められます。

 2006年に世界保健機構(WHO)は「発展途上国において、マラリア発生のリスクがDDT使用のリスクを上回る場合、マラリア予防のためにDDTを限定的に使用することを認める」という声明を出しています。

 また、ハマダラカのほうは、DDTが効かないDDT耐性を持ったものが出てきているという面が見られます。

――お話を聞いていればいるほど、簡単には解決できない、人類が感染症と向き合っていくことの難しさを象徴しているエピソードですね。

左巻 本当にそうだと思います。