週刊ダイヤモンド 経済の世界で昨年の流行語といえば、ひとつはサブプライム、もうひとつはデカップリングでしょう。

 デカップリング(decoupling)とは、直訳すれば「切り離し」という意味。米国経済が減速しても中国やインドなどの新興国経済や欧州経済が成長を続け世界経済を牽引する――分かりやすく言えば、米国がくしゃみをしても、世界は風邪を引かない、米国経済と世界経済は切り離されているという説です。

 住宅市場の軟化をきっかけとして米国経済の行方に黄信号が灯った2006年頃から、新興国という世界経済の新たな主役への期待も含有した言葉としてエコノミストたちの間でもてはやされるようになり、特にサブプライム危機が勃発した2007年以降は世界中のメディアに頻出するようになりました。

 しかし、その説が「切なる願望」にすぎなったことは、デカップリング論の主張者だったゴールドマンサックスのエコノミストですら今では「リ・カップリング」(再連動)という言葉を使い始めている点からも明快です。今回の特集でも、元大蔵省財務官の榊原英資・早稲田大学教授と元米国財務省顧問のヌリエル・ルービニ・ニューヨーク大学教授が、デカップリング論の誤謬を指摘しています。

 実際、欧州経済は2007年後半から減速。一方、新興国経済は堅調ですが、榊原教授も指摘するとおり、貿易を通じて波及するまでには6ヵ月程度の時差が存在します。米国経済の景気後退の影響が2008年4月以降に顕在化する可能性が高いことは、欧米の“旧”デカップリング論者たちの間でさえ総意となりつつあります。

 米国経済の傷みは、巷間言われている以上に深刻であるとの結論に、われわれは今回の取材を通じて行き着きました。特に住宅価格の激しい下落に見舞われているカリフォルニア州やフロリダ州、アリゾナ州などでは、個人消費の減退に拍車がかかっています。フロリダ州では、米国市場でシェアを伸ばしているトヨタ自動車ですら、「販売台数が2008年1月には前年比10%落ち込んだ」(同社関係者)といいます。

 ちなみに、現在、米国の消費者の間で流行っている言葉は、トレードダウン(格下げ)。買い物をするスーパーやデパートのランクを下げて、生活を防衛しようという意味です。実際、百貨店は、メーシーズを筆頭に、既存店売上高の前年割れが続出。一方、全米の小売り売上高は1月に0.3%の微増を確保しましたが、家具など高額商品は統計開始以来初めてとなる6ヵ月連続のマイナスを記録し、家電など消費財の販売も減少しました。ガソリンや食料品といった生活必需品の購入が増えたにすぎず、米国のGDPの7割を占める個人消費の質の悪化は明白です。

 質の悪化といえば、クレジットカードなど無担保ローンの支払い延滞率も跳ね上がっています。住宅価格の下落で、持ち家を担保に融資を受けられなくなった個人は無担保ローンに殺到した。しかし担保付ローンよりも高い返済金利を払えずに、次々と破綻していくという悪循環が広がっています。

 実体経済の悪化は、金融市場のダメージを広げ、実体経済に跳ね返る。不動産バブル崩壊後のかつての日本の姿に重なります。しかし、対岸の火事と決め込み、歴史的感慨に浸る余裕はありません。震源地の揺れはまもなく日本の実体経済にも押し寄せてくるのです。

(『週刊ダイヤモンド』副編集長 麻生祐司)