株式市場の大混乱に度を失った政府が、「空売り」規制を強化した。空売り規制強化には、政府が願うような株価の暴落を防ぐ、市場安定化効果が本当にあるのだろうか。

 株の売り方は、三種類ある。第一に、現物を売る。第二に、株券を借りて売る。個人投資家による信用取引もそれに当たる。第三に、借りる株券を手当てしないままに売る。ネイキッド・ショート・セリングと呼ばれる手法だ。第二と第三の手法が、空売りに分類される。

 今回、この第三の手法が禁止された。また、発行済み株式総数の0.25%以上を空売りした投資家に対して、証券取引所への報告義務を課した。この二つが、政府の空売り規制強化の柱である。

 この二つの措置は、リーマン・ブラザース破綻への対処策として欧米が緊急採用した内容と同じであり、“世界協調”の側面はあるだろう。「日本の株式市場だけ穴を開けておくわけにはいかない」(金融庁幹部)という説明はつく。

 だが、空売り規制が市場安定化に役立つという理論的根拠、実証例が、各国政府にあるわけではない。今回のケースにしても、米国が金融機関株の空売りを禁止した1ヵ月の間に、ダウ平均は1割も下げた。空売り規制がなければもっと下がっていたかもしれないという反論はありえるが、あくまで推論に過ぎない。

 また、金融当局が空売り規制に強い態度を示せば、とりあえず投資家とりわけファンドが身を縮め、一時的に売りが細ることもありえるだろう。実際、東証の総売買高に占める空売り比率は20%程度だったが、日本政府が規制を導入、実施した10月30日から2日で15%程度に低下した。だが、それが株式市場全体あるいは個別銘柄の値動きにいかなる影響を与えたか、理論的、定量的な検証ができるわけではない。

 日本はとりわけ空売り規制がきつい。前述の第二と第三の空売り手法は認められていたが、新値(現在の株価)を下回った売値を提示して売却することは禁止されてきた。特定企業に狙いを絞って、売値をどんどん下げて売り崩すような、株価操縦行為を阻むためだ。

 だが、同様の空売りに関する価格規制は、米国では現在撤廃されている。流動性の高い株式市場で、空売りによって株価操縦することなど実際にはできないという判断からだ。つまり、価格規制を行う正当な根拠はない、ということである。

 そのように市場機能を尊重する米国までも、今回は空売り規制に走った。日本政府は当然のように受け止め、実施した。

 効果があやふやな規制を打ち出す各国政府の心理を推し量れば、こういうことだろうか。株価が暴落すれば、防止策を求める世論が強まる。無策のレッテルを貼られないためには、俗耳に入りやすい策が良い。公的資金を投入しようとしているなら、とりわけ株価対策に懸命な姿を見せる必要がある。