“アンガーマネジメント”が、いま、企業の人事部に注目されているのはなぜか?

価値観が多様化し、さまざまな対人コミュニケーションが求められる職場において、ちょっとした苛立ちやモヤモヤを感じる人も多いだろう。とはいえ、不機嫌さをあらわにしたり、怒りを暴発させたりすれば、人間関係に大きな亀裂が入りかねない。「怒り」を上手にコントロールしながら、さまざまな価値観を持つ同僚や部下と良好な関係を築いていくにはどうしたらよいのだろうか。安藤俊介さんにお話を伺った。(フリーライター 棚澤明子、ダイヤモンド社 人材開発編集部)

ダイバーシティ社会に不可欠なアンガーマネジメント

 若い頃から怒りっぽい性格を自覚し、怒りをコントロールする手立てが見つからないことに困惑していた安藤さん(一般社団法人 日本アンガーマネジメント協会・代表理事)が、米国で「アンガーマネジメント」に出合ったのは2004年。「決まったステップを踏めば、怒りはコントロールできる」という明快な理論に救われたという。そのアンガーマネジメントが日本でも多くの人の支えになると確信した安藤さんは、2011年に一般社団法人日本アンガーマネジメント協会を設立。現在では延べ約157万人が同協会のアンガーマネジメント講座を受講し、延べ約2000社が企業研修にアンガーマネジメントを取り入れている。

安藤 「怒っても後悔、怒らなくても後悔、その繰り返しにうんざり」――そんな声をよく聞きます。アンガーマネジメントは、怒りに振りまわされず、自分の感情を適切にコントロールするための方法論。つまり、怒りに関して後悔しないようになるためのトレーニングです。「怒らなくなるための練習」だと誤解している人もいますが、「怒らない」ことを目指すわけではありません。あらゆる社会の変革も、出発点は個人の怒りであることが多いですから。「アンガーマネジメント」では、怒る必要のあることは建設的に怒り、怒る必要のないことには怒らなくて済むようになることを目指しています。

 近年、“多様性”という言葉がキーワードとなり、自分とは異なる価値観を持つ人とともに働き、学び、暮らすことがスタンダートになりつつある。そのような社会環境の変化に合わせて、人への向き合い方も寛容になっているのかといえば、逆に不寛容な方向へ向かっていると安藤さんは指摘する。

安藤  自分と世界の境界線を薄くして、「あんな考え方も、こんな考え方もあるよね」と受け止めるのがダイバーシティ&インクルージョン(*1)の考え方。けれども、多様性社会の中で、怒りや苛立ちを募らせる人が増えているのが現実です。これは「怒りを感じるのは、“〜べき”という自分自身の信念が裏切られるときである」という怒りのメカニズムに起因します。多様性に満ちた社会というのは、言い換えれば、自分とは異なる価値観や考え方を持つ人が数多く存在する社会。したがって、どんな人にとっても、自分自身の信念である“〜べき”が裏切られる回数は増えていきます。「多様性を受け入れよう」というお題目には納得できても、どのように自分の中に落とし込めばいいのかという具体的な方法を見つけられずにいる人が苛立っているのです。そこをカバーするのもアンガーマネジメント。「自分と世界の境界線を薄くする」という姿勢がダイバーシティ&インクルージョンで、それはアンガーマネジメントの本質にも通じています。突き詰めれば、いかに他者の人権を尊重できるのか、ということです。

*1 ダイバーシティ&インクルージョンメディア「オリイジン」では、ダイバーシティ&インクルージョンを「多様性の受容」とし、「多様性」はさまざまな人が存在する状態、「受容」はさまざまな人を知り、理解していく行動と定義している。

“アンガーマネジメント”が、いま、企業の人事部に注目されているのはなぜか?

安藤俊介 (あんどう しゅんすけ)

一般社団法人 日本アンガーマネジメント協会 代表理事
アンガーマネジメントコンサルタント

怒りの感情と上手に付き合うための心理トレーニング「アンガーマネジメント」の日本の第一人者。アンガーマネジメントの理論、技術をアメリカから導入し、教育現場から企業まで幅広く講演、企業研修、セミナー、コーチングなどを行っている。ナショナルアンガーマネジメント協会では15名しか選ばれていない最高ランクのトレーニングプロフェッショナルにアジア人としてただ一人選ばれている。主な著書に『アンガーマネジメント入門』(朝日新聞出版)、『アンガーマネジメントを始めよう』(だいわ文庫)等がある。著作はアメリカ、中国、台湾、韓国、タイ、ベトナムでも翻訳され累計70万部を超える。「ダイヤモンド・オンライン」でも執筆。