カンボジア 2012年12月19日

カンボジアで増える海外出稼ぎ
フィリピンに学ぶ、空洞化への警戒

朝日新聞のマニラ支局長などを経て2009年に単身カンボジアに移住、現地のフリーペーパー編集長を務めた木村文記者が、カンボジアの出稼ぎ事情についてレポート。

まず、フィリピンの出稼ぎ事情から

 カンボジアからの報告だが、フィリピンの話から始めたい。

 7年ほど前、フィリピンの首都マニラに赴任した私は、カラオケパブで1人のフィリピーナと知り合った。32歳、源氏名をアイミーといった。

 女性なのに、フィリピンでカラオケバーになど行くのか、と思われるかもしれないが、フィリピンのカラオケは女性客でも十分に楽しい。彼女たちには天性のホスピタリティが備わっていて、男性には男性なりの、女性には女性なりの接し方を心得ている。

 この種の店では、最初にずらりと並んだホステスたちから好みの女性を選ぶのだが、これはさすがに苦手だ。救われるのは、フィリピンパブのホステスたちがつけている名札には、きちんと名前が書いてあることだ。これが別の東南アジアの国だと単なる番号になっている。自分たちは「エンターテイナー」であり、モノではない――フィリピーナたちのプライドかもしれない。

 アイミーは、その店で最年長だった。苦手な「ご指名」の際に、私は「この中で一番年上の人!」といって、素直に手を挙げた彼女を指名した。彫りの深い、ラテン系の顔立ちをしたアイミーは、20歳のときから6回も日本へ渡り、日本のフィリピンパブで働いた。

 いわゆる「ジャパゆきさん」だ。多い時は毎年8万人が「興行ビザ」でエンターテイナーとして日本へ渡り、クラブなどで働いた。だが、2005年、「人身売買の温床」との米国の指摘を受けて入国審査は厳格化され、日本に行けるエンターテイナーの数は10分の1に激減した。

 アイミーも、日本へ行けなくなってしまった。浮気性で働くのが嫌いなフィリピン人の夫と、乳飲み子を含む4人の子ども、それにアイミー自身の8人のきょうだい。彼女は、一族の暮らしを背負っていた。

 そんな彼女が店で持ち歩くポーチには、いつも2センチほどの小さなキリスト像が入っていた。紙に包まれ、タバコやライターや口紅と一緒に入っていた。「なぜ祈るの? 神様はあなたを幸せにしてくれた?」。信仰というものを習慣化したことがない私は、ぶしつけにも、包み紙を開いて神様をつまみあげ、尋ねたことがある。アイミーは「お祈りするとき、私と神様と2人きりね。ほかにだれもいない。それがいいの」と、きれいな日本語で言って笑った。

 ああ、そうか。夫も子どもも家族もみんなアイミーに甘える。稼ぎに頼る。でも、神様だけは彼女に甘えない。「神様と2人きり」。そこにどれほどの安らぎを覚えることか。私は、ごめんなさい、といいながら小さな神様を丁寧に包んでポーチに戻した。

 当時の調査だが、ある世論調査会社がフィリピン人に「貧困から脱するために何をしますか」と尋ねたところ、1位が「海外出稼ぎ」、2位が「神に祈る」だった。それはまさに、アイミーの生き方だった。

 カンボジアでも、2000年代に入ってから海外出稼ぎが急増した。

 カンボジア労働職業訓練省などによると、カンボジアから海外へ出稼ぎに行った人(新規就労者)は2003年には1300人程度だったが、2007年には9500人、2009年には15000人、2010年には3万人にまで増えた。累計では約30万人のカンボジア人が海外で働いているとみられる。就労先は、マレーシア、タイ、韓国が中心。仕事の内容は建設現場や工場労働、最近では家事労働(メード)が増えている。タイでは、農業や漁業の季節労働も多い。

カンボジアの工場労働者たちの朝の通勤風景。トラックの荷台にぎゅうぎゅう詰めになって通う姿もよく見られる。「豊富な労働力」がカンボジア誘致の売り文句だが、争奪戦はすでに始まっている=プノンペンで【撮影/木村文】

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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