ヒッグス粒子とは何か

 では、本書を貫くテーマである「ヒッグス粒子とは何か」という点を説明しましょう。

 ヒッグス粒子の存在は1960年代にすでに予言されていました。

 原子の微細さを遥かに超えたさらに微細な素粒子は、「物質の構成要素」であるものと「物質と物質の間を飛び交って力を伝える役目を持つもの」に大別されました。それは「素粒子の標準模型」として確立され、物質を構成する粒子である「レプトン・クォーク」が12種類、力を伝える粒子である「ゲージ粒子」が4種類、計16種類の粒子が基本素粒子として定義されています。

 ところが、これらの粒子は理論的には質量を持たずに、光の速さで自由に動き回ることになります。そのため、互いに結びついて物質を作ることもなく、そうなるとこの世界そのものが存在しないことになってしまいます。

 そこで素粒子のなかに、質量を与える役割を担う存在が必要になってきます。それが「ヒッグス場」と呼ばれるものだと考えられています。素粒子の標準模型を完成させる最後のパーツであり要でもある「ヒッグス粒子」とは、このヒッグス場上に生じるこれまで未確認だった粒子のことなのです。

 ヒッグス場が光の速さで動き回っていた粒子を取り囲んで、その動きを抑えることによって、遅くなった粒子同士が反応し合い物質が生まれるようになりました。そして宇宙は現在のような形を持つことになったのです。ヒッグス場は宇宙の進化の鍵となる非常に重要な存在なのです。

 宇宙の誕生後、空間は急激に広がり宇宙の温度はとてつもない高温の状態から一気に下がりました。このとき宇宙全体に広がっていたヒッグス場に面白いことが起きます。高温で蒸気であった水が、温度の低下とともに液体になり、さらに氷となる現象に似たことが起きたのです。これを状態・相が変わるとして「相転移」と呼ぶのですが、宇宙にも相転移が起こったと考えるのです。そのときを境にヒッグス場というものが宇宙の至る所に存在するようになります。

 もともとヒッグス場と呼ばれるものは宇宙全体にあり、至る所に待機(?)していたのですが、その存在確率は平均値がゼロでした。相転移を境にヒッグス場の存在確率は有限値になりました。それが現在の我々をとりまく空間、または真空なのです。