ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が続き、国際秩序が大きく揺らぎ始めている。一体、どうしてこうなってしまったのか。なぜ、人類は悲惨な歴史から学ぶことができないのだろうか。そんな失望や怒りともに世界中で緊張が高まるなか、全世界で700万人に読まれたロングセラーシリーズの『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』が出版された。本村凌二氏(東京大学名誉教授)「人間が経験できるのはせいぜい100年ぐらい。でも、人類の文明史には5000年の経験がつまっている。わかりやすい世界史の学習は、読者の幸運である」、COTEN RADIO(深井龍之介氏 楊睿之氏 樋口聖典氏・ポッドキャスト「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」)「ただ知識を得るだけではない、世界史を見る重要な観点を手に入れられる本! 僕たちも欲しいです」、佐藤優氏(作家)「世界史の全体像がよくわかる。高度な内容をやさしくかみ砕いた本。社会人の世界史の教科書にも最適だ」と絶賛されている。私たちは、世界史から何をどのように学ぶべきなのだろうか。本書の帯に推薦の辞を寄せた、東大名誉教授で歴史学者の本村凌二氏にインタビューを行い、ウクライナ情勢や世界史を学ぶ意義について話をうかがった。(取材・構成/真山知幸

【東大名誉教授が教える】なぜロシアはこれほどウクライナにこだわるのか?Photo: Adobe Stock

ウクライナ問題はなぜ解決できないのか

――本村先生はご著作のなかで数年前から「ウクライナ問題はなぜ解決できないのか」とその問題の複雑さをすでに指摘されています。一体、なぜロシアはこれほどウクライナにこだわるのでしょうか。

本村凌二(以下、本村):連日の報道を観ただけでは、ロシアがウクライナにこだわる理由が、日本人にはどうしても理解しづらいと思います。なぜなら報道では、あまり強調されてない重要な点があるからです。それは「ウクライナという国がどういう経緯で独立したのか」という歴史的背景です。

 ウクライナは1991年にソビエト連邦の崩壊にともなって、独立を果たします。つまり、長きにわたる独立運動の末に勝ち取ったものではありません。言わば、ソ連の崩壊により「棚ぼた式」に国家として独立することになりました。

――「ウクライナは独立を勝ち取ったわけではない」ということが、なぜ今回のロシアによる侵攻につながるのでしょうか。

本村:国家としてのまとまりがなく、周辺国からすればつけ入る隙が大きいということです。独立時、ウクライナの上層部には旧ソ連の共産党幹部が横滑りしました。「ウクライナ共和国」として看板をすげ替えたに過ぎず、国としてまとまってはいなかったのです。

 遠くの日本にいる私たちはウクライナのことをほとんどよく知りません。しかし、ロシアはもちろん、ヨーロッパ諸国はウクライナのそうした独立した背景や国の内情をよく知っています。

 ロシアからすれば、軍事侵攻することで、ウクライナの全部が自分たちにつくことはなくても、なびいてくる勢力は少なくないと考えているのでしょう。現に東側はロシアにかなり取り込まれています。このままいくと、東ウクライナと西ウクライナに分裂してしまう可能性もあります。

 今回のロシアの侵攻は断じて許されることはありませんが、なぜ起きてしまったのか。その客観的な要因は理解しておく必要があります。

ウクライナと地政学

――ウクライナの歴史を踏まえれば「独立国としてのまとまりが盤石ではないから、周辺国からすれば攻めやすい」という世界のパワーバランスが見えてくるんですね。

本村:しかも、ウクライナは地政学的にも魅力的な場所にあります。南側は穀物が豊かで、また黒海に面しているために、地中海に出ることでもできます。ロシアからすれば攻める理由が十分にあるといえるでしょう。

 さらに、世界で初めて馬が家畜化されたのがウクライナです。紀元前4000年くらいと推定されているデレイフカ遺跡から、野生の馬ではなくて、人間が飼いならした馬の遺体が発掘されています。遊牧民族のスキタイ族が生まれたのもこの地域です。日露戦争のときにはロシア領でしたから、騎乗技術に長けたコサック兵には、日本も手を焼きました。

 ウクライナはつけ入りやすいうえに、攻め落とすことができれば、豊かな穀物、軍事的にも貿易的にもメリットの大きい黒海、そして、かつては洗練された騎乗技術を手に入れることができた。ロシアがウクライナにこだわる根本的な理由は、そこにあると考えています。

【東大名誉教授が教える】なぜロシアはこれほどウクライナにこだわるのか?本村凌二(もとむら・りょうじ)
東京大学名誉教授。博士(文学)
熊本県出身。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授を経て、早稲田大学国際教養学部特任教授(2014~2018年)。専門は古代ローマ史。『薄闇のローマ世界』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞、『馬の世界史』(中央公論新社)でJRA賞馬事文化賞、一連の業績にて地中海学会賞を受賞。著書は『はじめて読む人のローマ史1200年』(祥伝社)『教養としての「世界史」の読み方』(PHP研究所)『地中海世界とローマ帝国』(講談社)『独裁の世界史』『テルマエと浮世風呂』(以上、NHK出版新書)など多数。

――お話をうかがって、ウクライナの国について何も知らなかったことに改めて気づかされました。今回のロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、日本以外の国について普段から勉強する必要性を感じた人は少なくないと思います。私もその一人ですが、どのように世界史の学習をするのがよいでしょうか。

本村:どうしても「世界史を学ぶ」というと、ハードルの高さを感じる人が多いのですが、高校レベルの世界史を勉強すれば十分です。受験勉強レベルまでいかなくてよいので、高校で習う世界史をざっと理解しておいて、必要なときに知識を取り出せるようにしておけるとよいですよね。

 ただ、大事なのは、一回で済ませないで、何度も何度も繰り返し読むことです。私も大学受験のときには、世界史の教科書を徹底して読み込みました。ただ、ちょっと教科書だと挫折しやすいので、もう少し、わかりやすい入門書でもよいでしょう。

アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』はイラストも多く、親切でわかりやすい内容となっています。学び直しにレベルも分量も、ちょうどよい一冊ではないでしょうか。

【東大名誉教授が教える】なぜロシアはこれほどウクライナにこだわるのか?