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体罰と塩酸と早期退職の教師たち
センセイ、それはないだろう

降旗 学 [ノンフィクションライター]
【第19回】 2013年1月25日
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 ボリショイ劇場バレエ団の芸術監督セルゲイ・フィーリン氏がモスクワ市内の自宅周辺で、顔を覆面で覆った何者かに硫酸をかけられたのは一七日深夜のことだった。怪我の具合はひどく、顔や角膜に全治六ヵ月以上の火傷を負ったという。

 劇団の花形ダンサーだったフィーリン氏は、二〇〇八年の引退後、芸術監督に就任していた。ただ、ダンサーの昇進や配役について、やり方がかなり強引だったらしく、事件の背景には何らかの恨み、怨恨があるのではないかと見られている。

 ロシアで硫酸をぶっかける事件が起きたかと思えば、日本では、愛知県蒲郡市の市立中学校で、生徒に薄めた塩酸を飲ませる教師がいた。報道によると、理科の実験でうまくいかなかった生徒二人に、濃度三五%の塩酸を一〇〇倍に薄めて飲ませたのだという。

 分量は一五ミリリットルだったとのことだが、生徒のひとりは全て飲み干し、もうひとりは口に入れたときに違和感を覚え、すぐに吐き出していた。実験は磁石と砂鉄を使ったもので、教諭は、実験前から、うまくいかなかった者には塩酸を飲んでもらうと言っていたらしい。

 教諭は、ビーカーで薄めた塩酸を、自分で舐めてから生徒に手渡していた。本当に飲ませてしまうあたり、有言実行のセンセイには違いないが、あまりにもおばかさんだ。これも、広義にとれば“体罰”のひとつに含まれるのだろうか。

 この教諭は、理科の実験に集中してもらいたかったからと釈明している。

 硫酸や塩酸が劇薬であることくらいは小学生でも知っていて、中学生ならその化学式も覚える。危険な水溶液であるという知識はあっても、あの現場に居合わせた生徒たちは、薄めれば人に飲ませてもいいのだ、という誤った認識を持つかもしれない。

 違う言い方をすれば、この教諭は、センセイ自らが新しい“いじめ”の手本を示したと言ってもいいくらいだ。塩酸を飲めと言われた生徒の心中はいかばかりだったのか――?

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降旗 学[ノンフィクションライター]

ふりはた・まなぶ/1964年、新潟県生まれ。'87年、神奈川大学法学部卒。英国アストン大学留学。'96年、小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。主な著書に『残酷な楽園』(小学館)、『敵手』(講談社)、『世界は仕事で満ちている』(日経BP社)他。


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