ベトナム 2013年2月1日

ベトナムでのビジネスで常につきまとう”ワイロ”
「払うべきか、払わざるべきか」、良心との闘い3番勝負

日本で15年間の編集者生活を送った後、ベトナムに渡って起業した中安記者が、ベトナムでビジネスするうえで付きまとう賄賂についてレポートします。

「重大な問題が発生した」と電話で呼び出されて、要求されたのは…

 「袖の下はベトナムの文化の一部」

 そう開き直る人もいるくらい、ベトナムでビジネスをしていく上で、賄賂は避けて通れない存在だ。しかし私の方針は無謀にも「賄賂禁止」。社員にも折りにふれ「1ドン(約0.0044円)でも賄賂を渡したりもらったりしたらクビ」と言っている。社長のそんな「意固地」のために、私自身も社員たちも苦労が絶えない。

 具体例を挙げていくとキリがないが、最近の話は、生々しすぎてここに書くことはできないので、時効だと思われる昔の体験談を紹介しよう。

 8年ほど前になるだろうか、ある取引先から「重大な問題が発生したので、すぐに来て欲しい」という電話がかかってきた。慌てて駆けつけると、担当窓口役のD氏は開口一番、「困ったことをしてくれましたねえ。これですよ、これ」と、ベトナム語の新聞を応接机の上に投げ出した。私は、数日前に同紙の取材を受けており、彼が出してきたのは、私の記事が掲載されている日のものだった。

 「はい、取材を受けましたが、まずかったですか?」
「取材自体は構わないのだが、ほら、あなたの肩書きが編集長と書いてあるだろう。ご存じの通り、ベトナムでは外国人は編集長にはなれない。そこが問題なのだ」

 実際、彼の言うとおりで、当時の私の名刺は「編集長」ではなく、日本でいうところの「デスク」に近い肩書きをつけていた。ところが、新聞社の方で編集長という肩書きで私を紹介してしまったのだ。

 「この件で君に災いが及ぶことのないよう、私が方々に手を回したんだ。この新聞が出てすぐに、急遽、ハノイまで飛んで、知り合いの役人を接待に連れ出したりして、大変だったんだぞ。それも全部自腹でね。うん、それでまあ君への処罰などは回避できたから、安心してよろしい」
「それはありがとうございました」
「うん、別にね、だからお金を出せとか言う訳じゃないんだけど、私が君のために多額のお金を費やして、事態を収拾したことは覚えておいて欲しい」

 D氏は、事態の収拾にいかに苦労したかという話を続ける。明らかに賄賂の要求だ。それ聞きながら、私は、この場をどう切り抜けようか考えていた。

 「分かりました。収拾にかかったお金は、我々に払わせてください」

 私がそう申し出ると、今まで眉間にしわを寄せながら話をしていたD氏の顔が、一気に明るくなった。D氏は応接セットのソファから腰を浮かして、こちらに身を乗り出し、

 「そうか! 君は話が分かる男だと思っていたんだ! これからも長い付き合いでいこう!」と握手を求めてきた。

 「ありがとうございます。つきましては、御社の経理から弊社の経理宛に、社判を押した請求書をお送り頂けますか? 飛行機代などの経費に関しては、赤い領収書も添付をお願いします。ご請求を頂いたら、可及的速やかに、御社の銀行口座にお金を振り込みさせて頂きます」

 私がこう話を続けると、それまで踊りださんばかりだったD氏が、一気にシュンとなってしまった。

 「この話はもう忘れてくれ……」
「とは言っても、あなたが自腹で払って頂いたお金はお返ししないと、我々としても気が済みません。ぜひ請求書を」
「もう帰ってよろしい」

 D氏は応接間のソファに深く腰掛け直すと、力なく手を振った。彼としては、当然、封筒に入った現金が受け取れるものだと期待していたのだろう。もちろん、その後、D氏から請求書が送られてくることはなかった。

開発が進むホーチミン市の情景・その1。ホーチミン市内はこのような高層マンションの建設がいたるところで進められている【撮影/中安昭人】

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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