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日本人は貧乏ではないという詭弁 - 村上尚己「エコノミックレポート」

2月3日日本経済新聞3面に「物価2%に見合う経済 奇妙な安定脱し成長へ」という興味深い記事が掲載された。アベノミクス発動による脱デフレ期待が高まり、円高是正・株高の相場が続いている。そして、物価上昇率2%を目指す「世界標準の政策」を、日本銀行がようやく採用することが決まった。

こうした中でこの記事は、「物価が毎年2%ずつ上がっていく世界が本当にやってきたら?」という問いかけで始まっている。そして、この記事を書いた記者がセレクトした街の声は、以下だった。「給料も上がって、全体が盛り上がるのならいいけど。今のまま、ほどほどがいい」「ちょっと怖い。でも消費増税もあるし、大きな買い物はすぐしないと」

日本以外のほとんどの先進国では、物価全般(賃金も含む)が2%前後上昇するインフレの世界が続いている。こんな街の声が本当かどうかはともかく、給料を含め物価が下がり続ける世界しか知らない日本人が多い、のは確かなのだろう。政策判断のミスが繰り返されておきてしまった、日本経済が陥った深刻な病気である。

ところで、この記事では「普通の物価上昇」に対して不安を感じる「街の声」について、実質賃金という観点から解説しようとしている。実質賃金は、名目賃金から物価変動を引いたものである。そして、この実質賃金を使って、記事では以下のような驚くべき解釈が展開されている。

「日米独の賃金の推移を比べたところ、名目では日本の下げが突出するが、実質だと3カ国に大きな違いはない。むしろ近年は日本が米独を上回る伸びを示している」



こう解説する前提となっている、グラフについては当該記事をみて頂くと分かる。一つ目のグラフには、3カ国(日本、米国、ドイツ)の名目賃金の2000年以降の推移で、増え続けている米国・ドイツとデフレが続き下がり続ける日本、では圧倒的な差がある。それと比較できるように、右側で並べられたグラフでは、同じ軸で実質賃金の推移を掲載している。そして実質賃金の各国の差は、名目賃金よりも小さい。この両者のグラフの差から、「名目賃金の差は大きいが、実質賃金の差に大きな違いがない」と解説しているのである。

ただ、これはグラフによる錯覚を使った、恣意的な解釈であると言わざるを得ない。名目賃金と実質賃金の推移を、同じ軸のグラフでみせて、実質賃金よりも、名目賃金の格差に差があるのは、日本だけがデフレで、そして米国とドイツにも物価上昇率の差があるのだから当たり前である。これで「実質賃金の差に大きな違いがない」というのは、全くもっておかしい。

起きていることを正確に述べると、「デフレで日本の名目賃金は圧倒的に下がり続けているが、それに加えて経済パフォーマンスが悪いため、日本は実質賃金も、米国、ドイツよりずっと低いまま」である。

またこの記事の「実質だと3カ国に大きな違いはない。むしろ近年は日本が米独を上回る伸びを示している」はどう考えればよいか。このグラフをみると、確かに2010、11年だけでみると、日本の実質賃金が、米国、ドイツよりも上がっている(もちろん、それ以前の日本の実質賃金の落ち込みが大きいので、日本の実質賃金が、米国、ドイツよりもかなり低いことには変わりない)。

ただ、この2年間の日本の実質賃金の上昇は、リーマンショック後の2009年に名目賃金が劇的に落ち込み、2010、11年は賃金下落の勢いが和らいだが、その一方で、「日本だけ」が深刻なデフレに陥ってしまい、実質賃金が上がっているように見える、というだけのことである。それなのに2010、11年の動きだけで、「日本の実質賃金が米独を上回る伸びを示している」という解釈がでてくるのは、本当に不思議である。

実際には、 2012年12月26 27日レポートでも紹介したが、日本は1990年代半ばにデフレが始まってから、先進国の中で数少ない「静かに貧しくなり続けている」国なのである(グラフ参照)。これらのレポートでは、一人当たりGDPを使っているが、実質賃金でもほぼ同じことが当てはまる。


そして、このような事実の曲解に近い記事が、日本経済新聞に掲載されてしまう理由は何か?それは、実は執筆した記者の資質に求められるのではない。本当の理由は、この記事を読むと想像できると思うが、後日機会があれば説明することにしたい。

日本人はリーマンショック以前から、そしてそれ以降も変わらず、貧しくなり続けているのである。こうした異常な状況が、なぜこれまでずっと変わらないのか?この大問題に対する筆者なりの解釈を示したのが、先週発売となった拙著『日本人はなぜ貧乏になったか?』である。

おかげさまでアマゾン社による売上げランキングの経済学・経済事情部門において、数多い著名人と並んで、先週末まで5位前後を保っています。お買い求めいただいたお客様、本当にありがとうございました。




(チーフ・エコノミスト 村上尚己)

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(マネックス証券)


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